「旅が生き方そのものになる」2040年の観光未来像 じゃらんリサーチセンター高橋センター長が講演


リクルート 旅行Divisionのじゃらんリサーチセンターセンター長・高橋佑司氏

 じゃらんフォーラム2026が6月29日、東京・グランドプリンスホテル新高輪で開催された。株式会社リクルート 旅行Divisionのじゃらんリサーチセンターセンター長・高橋佑司氏が「2040年 観光の未来を考える~2040年 観光の未来需要予測研究~」と題した講演を行った。人口減少、高齢化、気候変動、AI技術の進展、価値観の多様化という5つの社会変化を軸に、2040年の観光の姿と、地域・宿泊施設が今取り組むべきことを示した。

 高橋氏は講演の中で「旅が生き方そのものになっていく」と予測。「職・住・旅」の境界が溶け合い、旅することと働くこと、暮らすことが一体となる時代が来ると力を込めた。その言葉は、観光業に携わる参加者に対して、目先の業務を超えた15年先の未来を共有するものだった。

2040年、日本社会はどう変わるか

リクルート 旅行Divisionのじゃらんリサーチセンターセンター長・高橋佑司氏

 

 高橋氏はまず、2040年に向けた日本社会全体の変化として5つのポイントを挙げた。

 第1に、人口減少と高齢化。2040年の日本の人口は現在より約1300万人減少し、約1億1284万人となる見通しだ。さらに65歳以上が全体の約35%を占める超高齢社会が到来する。高橋氏は「世界的に2040年、65歳以上が35%を占める地域はどこにもない。日本が一番先頭を走っている」と指摘。シニア層の活用が重要なポイントになると強調した。

 第2に、東京一極集中の加速と地方の過疎化。東京都は2040年時点でも人口が増加を続ける一方、地方では人口が30%以上減少する地域も出てくると予測されている。国立社会保障・人口問題研究所の推計(2023年推計)によると、2040年時点で人口が10%以上減少する都道府県は47都道府県中39道県に上る。減少率が最も大きいのは秋田県の28.1%で、青森県(26.6%)、岩手県(24.0%)と続く。

 高橋氏は「交通、医療体制、福祉サービスなど、そもそも街の機能として厳しくなる。さらに人口が減り、投資も生まれない。そういう悪循環が起きる地域が増えないようにするためにも、観光が一つの軸として地域経済をどう支えていくかをしっかり作っていかなければならない」と語った。

 第3に、単独世帯の増加。じゃらんリサーチセンターは設立から23年間の旅行変化として、一人旅の増加を最大の変化として挙げる。単独世帯の割合は高橋氏が生まれた45年前には20%を下回っていたが、現在はすでに40%を超え、2040年には43.5%に達すると予測されている。「旅行においても生活においても、個人志向がさらに強くなる。地域も宿泊施設も、どういう個人がターゲットになるかが今まで以上に問われる」と高橋氏は述べた。

 第4に、気候変動。平均気温は楽観シナリオ(パリ協定の2℃目標が達成された世界)でも約1.4℃上昇し、追加的な緩和策を取らなかった場合は約4.5℃上昇するとされる。高橋氏は観光への影響を具体的な事例で示した。じゃらんリサーチセンターが青森でプロデュースする「ホタテ一番」は、ホタテのメニューを10種類用意していたが、海水温の上昇によりホタテが十分に取れなくなり、先月ホタテは1種のみとし残りの9種を別の魚で提供する変更を発表したという。「宿泊施設が売りにしている食は変わる可能性が十分ある。スピーディーに地域や宿泊施設の売りをどう考えるかが重要だ」と訴えた。

 第5に、AIの根源的発展とAIネイティブ世代の台頭。高橋氏は「一番大きい変化だ」と位置付けた。高速道路での自動運転化が2040年には現実となり、自動運転シャトルバスの普及により二次交通の課題が解消される見通し。「今まで移動・アクセス部分で課題のあった地域はだいぶ良くなっていく。今なかなか客が来ていない地域も、ターゲットさえ明確になれば集客・有客できる可能性がある」と述べた。

観光マーケットの4つの変化

 続いて高橋氏は、観光マーケットに起きる4つの変化を示した。

 一つ目は、国内宿泊旅行実施率の問題。現在の宿泊旅行実施率は49.3%で、2人に1人は年間を通じて観光目的の宿泊旅行を一度もしていない計算だ。コロナ禍前の2018年には56%だったが、コロナ禍で落ち込んだ後、この49%のラインを3年間超えられない状況が続いている。

 じゃらんリサーチセンターの「2040年 観光の未来需要予測研究」によると、宿泊旅行実施率をコロナ前水準に戻した場合の高位推計では、2038年時点の延べ宿泊数は約2万2308万泊に達する。一方、現状維持のベース推計では約1万9384万泊にとどまり、人口減少の影響もあって右肩下がりが続く。高橋氏は「60%を超えるような動き方にするために、どう背中を押したらいいか、しっかり考えたい」とセンター長就任後の課題として挙げた。

 二つ目は、インバウンドの増加。じゃらんリサーチセンターは2040年のインバウンド観光客数を7000万人超と予測する。高位推計では延べ訪日外国人宿泊数は約5万1990万泊に達するとされる。ただし、エアラインのキャパシティと人材不足による受け入れ側の限界が課題として立ちはだかる。「今でさえ地方部では満額にできない状況がある。さらに人が増えても受け入れられないという状況が起きる可能性がある」と警鐘を鳴らした。

 三つ目が、本講演で最も強調された「仕事と旅の境界が消えていく」という変化だ。高橋氏は「めちゃくちゃ大きな変化だと思っている」と述べた。AIの進展により物質的な豊かさがすでに満たされ、人間がしなくていい仕事は機械が担うようになったとき、「私たちは何をすればいいのか、自分は何なんだろう、ということを考えなければいけない時代になる」と語った。

 わざわざ都市部の会社に勤めなくてもいい状況が加速し、オンライン環境の進化も後押しする。「自分らしさって何なんだろうということをより人は追い求めていく」とした上で、「職(仕事をすること)、住(住むこと)、旅(旅すること)が一気に融合していく時代になる。旅する場所からもっと仕事ができる。それが当然になっていく」と予測。年間休日についても120日を超え、さらに増えると見込まれており、旅の形が根本から変わるとした。

 高橋氏はこの変化を「旅が生き方そのものに重なっていく」という言葉で表した。「旅しながら仕事をする」「旅が人生をさらに豊かにするものになる」――その未来像は、観光業を単なるサービス産業ではなく、人の生き方そのものを支える存在として再定義するものだ。

 四つ目は、世界が求める日本の「精神性」。混迷する時代に、心の安らぎや調和を感じられる場所・文化への関心が高まっている。高橋氏は「物質的な豊かさではなく精神的な豊かさを求めるようになったとき、日本の奥ゆかしさがより貴重な体験になる」と述べた。グローバルウェルネスインスティテュートの推計では、ウェルネス市場は2024年に約1000兆円、2029年には約1500兆円に拡大すると予測されている。米国ではSBNR(Spiritual But Not Religious)と呼ばれる、特定の宗教を持たないが精神的な豊かさを求める層が成人の約22%に達しているという(ピュー・リサーチセンター、2023年)。「日本は自然や他者とともに生きるという精神性を持つ文化として、世界から新たな注目を集めている。さらに治安の良さや政治的安定性から、安心して訪れられる国としての価値も上がっていく」と高橋氏は語った。

人材・AI・観光の価値転換——今できること

 後半、高橋氏は地域の観光の未来を語るキーワードとして「人材の空洞化」「AIとの共創」「観光の価値転換」の3つを取り上げ、具体的な事例を紹介した。

人材の空洞化——「働く人に選ばれる地域」へ

 観光需要があっても、支える人がいなくなる。地方ではすでにその傾向が顕著であり、採用だけでなく育成と定着が重要だと高橋氏は言う。「選ばれる地域になれれば、地方だとしても生き残っていく。選ばれなければ、働く人が減り、受け入れもできないまま衰退していく」。

 その実践例として、山形県天童市の天童温泉の取り組みが紹介された。外国人観光客が増加し、宿泊施設の従業員から「英語をもっと学びたい」という声が上がったことをきっかけに、温泉街の施設が一体となった成長支援プロジェクト「天童温泉NEXT」が立ち上がった。「もともと自分たちで語学力を上げたいという声がスタッフから出てきた」(D氏)。「この課題は地域全体で起きているのではないか。エリア全体でやれば効率もいいし、地域のレベルが上がれば人数も増えていく。みんなでやろうという話になった」(D氏)。

 講座は秋から冬にかけて実施され、ちょうど外国人観光客が多い時期と重なったため、学びをすぐ現場で活かすことができた。「もっと外国人とフランクな会話ができるようになりたいという声が実際にスタッフから聞けた」(E氏)。「英語を喋るのも、表情や伝え方によってお客さんにもっと安心していただけると学んだ。自分の仕事に対するモチベーションも上がった」(H氏)という声も出た。

 参加者の90%以上が学ぶ意欲が向上したと回答。研修テーマは各宿から選抜された代表スタッフと議論して決定し、頻度や実施形態もスタッフの意向を反映。「研修時間を勤務時間として扱うことが大事だ」と高橋氏は強調した。

 次のステップとして、「天道観光街づくり講座」を準備中。「英語の話だけでなく、天童はこういうところだ、この食事にはこういうおいしいものがある、こんな文化や歴史があるという説明をきちんとできるようにしていく必要がある」(D氏)。地域が誰もが安全に安心して訪れられる場所になることも目指している。「この取り組みが人を育てることを最終目的としており、天童性が一つのモデルになれればいい」(F氏)。

AIとの共創——「効率化の道具」から「価値を引き出す存在」へ

 高橋氏はAI活用の方針として「効率化が目的ではなく、それによって生まれた時間をお客様のおもてなしに向ける。そこに価値提供がある」と述べた。

 箱根のホテルおかだの事例として、AIプラットフォームの徹底活用が紹介された。宿の予約情報、館内センサー情報、そして熟練スタッフの暗黙知を学習・構造化し、AIプラットフォームに統合。具体的には、多言語自動返信(生成AI活用)、温泉タンクのIoT監視による点検回数の最適化、リピーター毎の適切な部屋設定のシステム化などが実現した。

 特に高橋氏が重要性を強調したのが「熟練スタッフの暗黙知」の言語化だ。「AIに入れるためには言語化しなければならない。ベテランがどう頑張り、どんな業務をして、それはなぜで、どう工夫しているかをちゃんと言語化して入れないといけない。業務の分解を丁寧にできているかどうかが非常に大事になる」。

 導入当初、スタッフ10人のうち8人が「自分の仕事がなくなるのではないか」と懸念を示したという。しかし一人一人の声を聞きながら「この業務をもう少し効率化できないか、空いた時間を違う形に使えないか」という対話を重ねた結果、現在は10人全員が前向きにAI活用を考え、人にしかできない付加価値の高い接客に専念するようになったと報告された。

2040年に向けた4つのメッセージ

 講演の最後、高橋氏は2040年に向けた観光の進化・成長のためのメッセージを4つ掲げた。

 1. 働く人にも選んでもらえる地域になる

 2. AIとのパートナーシップ——お客様のおもてなし・価値提供に向き合う時間を増やす

 3. 「これから」の観光の形を想像・創造する——その土地に根付いたものの中に観光の潜在力がある

 4. 旅が「生き方」そのものに——新しい働き方やライフスタイルとともにある観光

 「結果として、旅が生き方そのものになっていき、旅が人生をさらに豊かにするものになってくる」という言葉で、高橋氏は約1時間の講演を締めくくった。

 じゃらんフォーラム2026は6月29日、東京・グランドプリンスホテル新高輪(3F 国際館パミール崑崙)で開催。株式会社リクルート 旅行Division Vice President・大野雅矢氏の開会挨拶に始まり、高橋氏の講演に続き、株式会社インディードリクルートパートナーズ リサーチセンター上席主任研究員・宇佐川邦子氏による「変化する労働市場、働き手の志向を知り宿泊施設ならではの人材確保・次のステップへ」と題した講演も行われた。その後、じゃらんアワード2025の表彰式と懇親会が開かれた。じゃらんリサーチセンターの研究や観光に関する情報は「じゃらん観光ネットワーク」(https://jrc.jalan.net/jkn/)で提供されている。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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