「AIがどれだけ進化しても、愛だよねで終わらせていいのか」――AI時代の旅と食、600年のおもてなし哲学 「湯主一條」二十代目当主の一條一平氏らWiT Japanに登壇


左から浅生、柏原、一條、西村の各氏

 トラベルテクノロジーの国際会議「WiT Japan 2026」が6月1日、ウェスティンホテル東京で開かれた。宮城県鎌先温泉「湯主一條」二十代目当主の一條一平氏、日本ガストロノミー協会会長の柏原小太郎氏、GENIUS LAB創設者の西村文彦氏が登壇。WiTジャパン共同創業者でPerkUP CEOの浅生亜也氏がモデレーターを務めた。

 セッションのテーマは「詩としての製品:意味を持つように設計された経験」。スケールが容易になった時代に、感情的な共鳴こそが旅の最大の差別化要因になるという問いを軸に、食・ホスピタリティ・アートの三つの現場から、AI時代における人間の価値が議論された。

左から浅生、柏原、一條、西村の各氏

「AIがどれだけ進化しても、愛だよねで終わらせていいのか」

 登壇に先立ち、モデレーターの浅生氏は冒頭でこう切り出した。

 「AIがどれだけ進化をしても、最後は人間だとか、情緒的な価値が大事だよねとか、最後は愛だよねという言葉でどうも終わってしまうような気がします。きっと間違ってはいないんだけれども、自分たちの存在意義を肯定するような、耳障りのいい言葉で終わってしまっているような気がしないか」

 この問いを起点に、セッションは進んだ。

 浅生氏は日本語の「寄物陳思(きぶつちんし)」という概念を取り上げた。物に思いを託して気持ちを伝える文化。器に物語を込め、景色に季節を読み、言葉にしなくても振る舞いに意味を宿らせる。そこには「クワイトパワー(静かな力)」があり、AIが最も得意とする「明示されたものを高速で処理する」能力とは正反対の位置にある、と述べた。

「変態シェフ」が地方をデスティネーションにする

 日本ガストロノミー協会会長の柏原小太郎氏は、ガストロノミーツーリズムを通じて地方を豊かにする動きについて語った。

 「今の新しい若い富裕層と言われている世代は、東京や京都の三ッ星レストランに行きたくなくて、新しい食の面白さを知りたいということで、地方だよね、となっている」

 柏原氏は「変態シェフ」という言葉を用いる。地方の尖った食材と向き合い、東京には持ち込めないほど個性的な素材で料理をつくる料理人たちだ。「東京には何でも食材があるけれど、地方から2〜3日、海外からは1〜2週間かかる間に丸くなってしまう。地方には東京にはない尖った食材がある」と指摘した。

 変態シェフとは料理人だけを指すわけではない、とも述べた。「漁師さんであったり、農家さんであったり、そこの地方でしかできない魚を釣って、できない仕立てをすることで、その場所にガストロノミーと言われる食文化を作っていこうという動きが今、日本全国にある」。

 デスティネーションレストランアワードで地方のレストランが多数選ばれていることについては、「意識的というよりも、無意識的に今の時代がそちらの方向に行った」と表現した。

 変態シェフが一人いることで地域に波及する影響についても具体例を挙げた。富山県の山奥にある「レボ」というレストランには年間1000人ものインバウンド客が訪れる。料理に感動した客がその食材を見に行き、自国に持ち帰ろうとする。「一つのデスティネーションレストランがあることで、周囲にものすごく影響を与える」。

 変態がたくさん生まれるとコモディティ化するのではないか、という問いに対しては「情報が均一化しているから、新しいことをやってもすぐ追いつかれる。だけど、だからやめようではしょうがない。どんどん情報が広がれば、また新しいものが出てくる。コモディティ化したら、また次を求めようということになる。そこにポジティブに考えよう」と答えた。

600年続く旅館の当主が語る「AIは育てるもの」

一條氏(=写真中央右)

 宮城県鎌先温泉「湯主一條」の二十代目当主、一條一平氏は1560年の桶狭間の戦いに敗れた一條家の初代が京都から現在の地にやってきたことに始まる、460年以上の歴史を持つ温泉旅館の当主だ。

 1999年に東京のホテルを辞めて帰郷し、家業の一條旅館に入社。2003年に19代目である父の急逝により世代交代。2014年には裁判所の許可を得て「一平」に改名し、正真正銘の20代目当主となった。「名前を変えた瞬間に、全部のしかかってきた」と語った。

 2025年9月2日には、総額18億円を投じた「THE YUKAWA一條支店」が竣工。全11室。コンセプトは「原点回帰」――一條家初代の気持ちに立ち返り、京都の公家の出である一條家にちなんだ「御用邸」をテーマに据えた。

 AI時代において次の世代に何を伝えているか、という問いに対し、一條氏はこう答えた。「AIは育てるものだと思っています。4人が同じ質問を投げかけても、自分のパソコンによって全部答えが違うように、どのようにそのAIを育てていくか、息子にはそこの部分を大事にしてもらいたい」。

 質問力・汲み取る力の育て方については、「自分が困りなさい、ということです」と述べた。海外旅行でも別々のルートで行かせ、困る場面をつくる。「恥をかくことから、現場に行って自分がいろんなところで経験することで、質問力や汲み取る力がある。経験・体験が大事だと思っている」。

 AI操作に不可欠な要素についての発言も印象的だった。「プロンプトというのは、その人が入力する意思だと思っている。その人の考え方、哲学が、AIにはまだまだ足りないんじゃないかと思っている。哲学を持って仕事に、商売に携わっていったら、もっと世界が変わっていくのかな」。

精神障害を持つ人をアーティストとして輝かせる「ジーニアスサイクル」

 GENIUS LABの創設者、西村文彦氏は佐賀県でメンタルヘルスに課題を抱える人々をアーティストとして輝かせる「ジーニアスサイクル」の取り組みを紹介した。「開く・見出す・磨く・つながる」という4つのフェーズをぐるぐる回る中で、生きづらさを面白さに転換していくメソッドだ。

 「僕らは毎日右脳を使い続ける日々を送っている。今これだけSNSだったり、AIもそうですけど、認知的な情報に囲まれている。イージーに形式ばった情報にアプローチできてしまう。でも非認知――言葉では語られないものを非認知でキャッチしに行く。これこそが組み取るということだと思う」と語った。

 「ちょっと不便な中でこそ、組み取るという人間に備わった非認知的な能力を養っていける」とも指摘。あざとさについては「右脳と左脳を行き来しながら言語であったり姿勢であったり行動で示す。社会的価値だけでなく、経済的な価値までつなげて初めて価値になる。だからこそあざとさは切り離せない」と述べた。

 西村氏はセッション後の隣会場で「こねる瞑想」をテーマにしたアートワークショップも実施した。「PC入力と文字を書く手の動きは100倍ぐらい違う。こねることはさらに手の動きが豊富にある」とその効果を説明した。

旅にノートとペンを持ち出す意味

 旅における非認知的体験の記録についても議論が及んだ。

 西村氏は「食べログなどを開いて行くのもいい。だけど『おいしかった』で終わるのではなく、自分の非認知的なものを記録に、単語でも誰にも読めない文字でもいいから書き出してみる。右脳と左脳をつないで、深い内省をもたらすアハ体験につながる。ジャーナリング――ノートを手に旅に出ることをすすめたい」と語った。

 柏原氏は旅における「セレンディピティ」の重要性を指摘した。「確認をする旅は実は面白くなくて、そこに出会って何か新しいものにぶつかる。セレンディピティはその場に行かないと味わえない。過去の蓄積では出てこない、新しくつかみ取ってくるもの」。

AI時代に600年のおもてなし哲学が問われる

 セッション全体を通じて浅生氏は「感情的な共鳴が最大の差別化要素になる」というセッションの命題に引き戻しながら議論をまとめた。

 「スケールが容易になったときに、一つ一つの行動はパーソナルで手仕事で量産できないし、コピーできない。地方の変態シェフを訪ねに行くことは、すごくスケールが小さい話で、決して市場を変えるほどのインパクトにはならないんじゃないかとも思う」と問いかけた。

 これに対し柏原氏は、一人の変態の存在が周囲に与える波及効果を重ねて強調。一條氏は「哲学を持って仕事に携わること」を、西村氏は「手を動かすこと」をそれぞれ具体的な行動として挙げた。

 「土地と社会と事業者の哲学というところが、多分AIの時代が来ても、ここから先の日本のおもてなしをさらに600年続けていける土台になるんじゃないかと思った」と浅生氏は締めくくった。

 WiT Japan2026は6月1・2日の2日間、ウェスティンホテル東京で開催された。トラベルテクノロジーのグローバルカンファレンスとして、トラベル業界の多様なテーマにわたるセッションが行われた。

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 

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