観光経済新聞社と宿泊施設関連協会(JARC)は2025年12月2日、「中小企業省力化補助金の宿泊事業者向けセミナー」をオンラインとリアルのハイブリッドで開催した。冒頭、観光庁参事官(旅行振興)付課長補佐の益塚真哉氏が登壇し、宿泊業の人手不足解消に向けた省力化投資支援について説明。続いて、福島県土湯温泉にある「水織音の宿 山水荘」代表取締役社長の渡邉利生氏が「老舗旅館の生産性向上への挑戦」と題して講演を行った。最後に、中小企業省力化補助金事務局が、宿泊業界における人手不足解消と生産性向上に向けた補助金の活用方法を紹介した。
観光庁 省力化投資支援の概要
冒頭、観光庁参事官(旅行振興)付課長補佐の益塚氏が、宿泊業の人手不足解消に向けた省力化投資支援について説明した。「宿泊業は最近の訪日旅行客数の増加により、コロナ前の2019年と比較して延べ宿泊者数が増加するなど需要が拡大する一方、従業者数はコロナ前の水準に戻っておらず、人手不足が深刻化している」と現状を指摘。
政府は25年6月、宿泊分野を含む業種ごとに省力化投資促進プランを策定。省力化に資する設備投資の促進などにより生産性向上を目指している。具体的な支援策として「中小企業省力化投資補助金」と観光庁が実施する「観光地・観光産業における人材不足対策事業」の二つを紹介した。
観光庁の補助金は、「人手をかけるべき業務に人材を集中させてサービスの向上を図るために、省力化に資する設備投資を支援するもの」と説明。申請者が独自に実施計画を作成し、計画に沿った設備を自由に組み合わせて導入できる柔軟性の高い制度だとした。
導入事例として、フロント業務では自動チェックイン機やAIチャットボット、飲食業務では配膳ロボットやスチームコンベクションオーブン、その他PMSなどの予約管理システムや清掃ロボットを挙げた。
益塚氏は「これら以外にも人手不足対策に資する設備は補助対象となる可能性がある」とし、詳細は補助金の特設サイトを参照するよう促した。
25年11月末に令和7年度補正予算が閣議決定されたことに触れ、「省力化投資に向けた事業を計上している。詳細が決まり次第、特設サイトでの告知や説明会の案内を行う予定」と語った。説明会はウェブと現地での開催予定で、現地では申請に関する相談も可能だ。
最後に「宿泊業は日本の観光産業を支える重要な柱で、皆さまの挑戦が地域経済の活性化や顧客満足度向上につながる。省力化投資は業務効率化と人材不足解消に直結する重要な取り組みだ」と強調。「観光庁としては、事業者の皆さまが安心して制度を活用できるよう、今後も補助金事務局による説明会や相談会を通じて丁寧なサポートと支援を行っていく」と述べた。
補助金事務局 補助金の種類、活用方法
中小企業省力化投資補助金事務局は、宿泊業界における人手不足解消と生産性向上に向けた補助金活用法を紹介した。
■2種類の補助金
補助金には「カタログ注文型」と「一般型」の2種類がある。「カタログ注文型」は、事前に登録された省力化製品から事業者が選んで導入する形式。「一般型」は企業が個別の事業計画に合わせて、カタログ未掲載の製品やオーダーメード性のある省力化設備・システムを導入する際に利用できる。
カタログ注文型の特徴は三つある。一つ目は、対象製品リスト(カタログ)に登録された汎用製品から事業課題に合わせて省力化製品を選択できる点。二つ目は、申請手続きが簡易で、申請から交付決定まで最短1カ月、随時公募受け付けのため、いつでも申請が可能な点。三つ目は、省力化製品の販売事業者が共同申請者として製品の導入と申請手続きをサポートする点だ。
■宿泊業向けカタログ製品
宿泊業向けの製品カテゴリには、清掃ロボット、配膳ロボット、自動チェックイン機、入出金機、スチームコンベクションオーブン、自動フライヤーなどが登録されている。
清掃ロボットは、人や障害物を避けながら、廊下やロビーなどの床面を自動で清掃することが可能。実際に導入した宿泊施設では、フロント・ロビー清掃業務を導入前は2人で合計2時間かかっていたのが、導入後はロボットのみで対応できるようになり、清掃頻度を増やしつつスタッフの負担も軽減できたとの事例が紹介された。
また、福島県のレストハウス「鶴ヶ城会館」では、スチームコンベクションオーブンの導入により「わっぱ飯」の調理時間を60分から15分に短縮。修学旅行やインバウンド対応の大量生産が可能になったという。同社は「従来のボイラーでは需要に対して十分な『わっぱ飯』の生産ができなかったが、オーブンを導入したことで大量生産が可能となった」とコメントしている。
■一般型による効果的な省力化
一般型の補助金で採択された宿泊事業者の申請例も紹介された。ある旅館業を営む事業者は、宿泊客の受け付け予約管理業務が手作業によるパソコンへの入力作業中心で、フロントでの待ち時間が多く業務のボトルネックとなっていたという。この事業者は「宿泊業務一元管理システム」を導入し、予約管理・会計・顧客管理・HP運用の一元化によりフロント業務を効率化・省力化。これにより、予約時に食事メニューの要望を事前に聞き取ったり、宿泊後の礼状を送るなど、電話受け付けでは十分にできなかったサービス提供が可能になる(計画時の予定)。
また、別の宿泊事業者は、自動チェックイン機械とICカードロックシステムを導入。フロント業務を1日当たり6時間削減し、その時間を飲食提供業務や管理業務、アルバイトスタッフの教育に充てることで、客単価向上と年間売り上げ増加を実現する(計画時の予定)。

一般型で採択された宿泊業の案件例
■補助率と補助上限額
カタログ注文型の補助率は2分の1、補助上限額は従業員数に応じて5人以下で200万円、6~20人で500万円、21人以上で1千万円となる。大幅な賃上げを行う場合はそれぞれ300万円、750万円、1500万円に増額される。
一般型の補助率は中小企業で2分の1(小規模・再生事業者は3分の2)、補助上限額は従業員数に応じて最大1億円まで設定されている。「年平均成長率3%向上」(カタログ注文型)あるいは「4%向上」(一般型)を目指す事業計画を作成し、導入後は毎年の効果報告が必要となる。
山水荘・渡邉社長が講演 生産性向上の取り組み
デジタル化、現場業務の改善促進 労働生産性の向上が好循環生む
山水荘代表取締役社長の渡邉氏は、「老舗旅館の生産性向上への挑戦」と題して講演した。

渡邉氏
渡邉氏は冒頭、日本が直面する人口減少社会における経営環境の変化に触れた。「今後、日本人観光客の減少と労働力の減少は確実にわれわれの経営環境に必須な部分がある」と指摘。日本の総人口と生産年齢人口の推移を示しながら、「2020年からは人口も労働力も減少するフェーズにわれわれの時代は突入している」と現状を分析した。
こうした環境下で山水荘が17年から取り組んでいる生産性向上について、「やはり生産性が高い企業ほど給与水準が高いというのはこれは間違いのない事実だ」と述べた。労働生産性の向上が給与水準の向上、休日確保のしやすさ、ライフワークバランスの推進につながると説明。「生産性向上によって正のスパイラルが生み出され、人手不足も乗り越えて経営基盤の強化につながる」との見解を示した。
山水荘の生産性向上への取り組みは大きく三つの柱からなる。まず労務環境の整備として、就業規則と賃金規定の見直しを実施。年間休日を87日から105日に増やし、週休2日制を実現した。また、平均8時間労働を目指し、「稼働対応労働時間制」を導入した。
二つ目の柱はデジタル化による業務効率化だ。従来は手書きで管理していたシフトを、専用のシフト編成ソフトを導入して効率化。週1回のシフト会議で事前にモデルシフトを作成し、労働時間を明確に管理する仕組みを整えた。フロント業務では紙ベースの予約管理から自動チェックインシステムやキャッシュレス決済端末、自動釣銭機を導入。「人でやらなくていい部分の業務効率をテクノロジーを活用して高めていく方針でやらせていただいている」と渡邉氏は説明した。

水車が水織り音を奏でる(外観)
厨房でもデジタル化を推進。予約データと連動した料理情報表示システムを導入し、紙ベースの伝達から脱却した。「予約からお客さまの食事の情報を調理部に伝達するのも全部デジタルで、料理の個数や当日のアレルギー情報が自動で出力されるようになった」という。
三つ目の柱は現場オペレーションの改善だ。下膳作業では、中央キッチンに集約して洗浄する方式から、各食事会場に小型の食洗機を設置する方式へと変更。「かつては深夜をまたぐ時間で作業がかかっていたが、現在は10時から11時で下膳が終了する」と効率化の成果を説明した。
料理提供についても、事前に一斉に盛り付けを行う方式から、お客さまの目の前で最終工程を仕上げる方式へと変更。「温かいものを温かく、冷たいものを冷たく」というコンセプトで、22年5月の大型改装時にオープンキッチンを導入した。これにより「料理の付加価値を上げることと同時に、効率的な動線と生産性向上も両輪で追求できた」と成果を強調した。
客室清掃では、重たい掃除機からクイックルワイパーと3Mのコロコロ、ハンディクリーナーを併用する方式に変更し、作業の軽減化を図った。パブリックスペースでは清掃ロボットも導入している。

渓流と2段の滝を望む露天風呂「太子の湯」
また、従来は各客室に設置していたお茶菓子を、ロビーでのフリーラウンジ方式に変更。「お客さまの満足度を上げると同時に、お部屋にお茶菓子を運ぶ手間を削減できた」と一石二鳥の効果を挙げた。
これらの取り組みの成果として、渡邉氏は具体的な数字を示した。「労働生産性という指標を毎月チェックしており、1時間あたり5千円以上の生産性を目指している」と説明。人時生産性のデータを社内で公開することで、「会社と社員が一体となって生産性を高め、給与水準を向上させる」という経営姿勢を明確にしている。
成果としては、「基本給アップ、年間105日休日の確保、閑散期と繁忙期で残業時間が変動する仕組みの実現」を挙げた。特に残業時間については、「閑散期は1人45時間以内」と具体的な数値目標も設定。「基本給アップ、残業時間減、総人件費減、固定費減、収益力アップという好循環が生まれている」と手応えを語った。
最後に渡邉氏は「観光立国として日本を元気にしていくのがわれわれの役割。生産性の高い産業を実現していくことが、ひいては日本が元気になっていくことにつながる」と展望を述べ、講演を締めくくった。





