【VOICE】旅と酒と、土地の人 日本酒ジャーナリスト・発酵食品ソムリエ 元蔵人 関友美氏


日本酒が旅の目的地になるとき

 いつのころからか、「タイパ」とか「コスパ」という言葉が、生活のあちこちに入り込んできた。その物差しで測れば、お酒ほど「悪い」ものはないかもしれない。身体にも良くないと言われ、時間もかかり、翌朝には後悔することもある。それでも人は飲む。

 きっと、無駄なことに夢中になっているときこそ、人は一番人間らしいのだということを、体のどこかで知っているのだと思う。だから旅に出て、深呼吸したくなる。仕事柄、旅が多い。わたしはその旅先で、いつもそれを確かめてきた。

 昨年11月、福司酒造がある北海道・釧路で「だら燗(かん)」に出会った。炉端焼きの端に置かれたつぼで、遠赤外線でじんわり温められた燗酒だ。釧路以外でこの文化を、わたしは知らない。東の端にある釧路は午後4時には日が沈み、長い夜がはじまる。その夜にぴたりと寄り添うように、こうじの柔らかな香りが立つ。牡蠣(かき)やつぶ貝のうまみと溶け合って、ドライでうまみのある酒がとびきりおいしくなる。東京に出すための派手さはない。でも、土地の暮らしと呼吸を合わせる味、とでも言うべき一杯だった。

 杜氏の梁瀬一真さんは「手間がかかるからやめる店も多い。でも続けてほしい釧路の文化なんです」と語った。次期蔵元の梁瀬惇史さんも、一真さんも、農大の醸造学科を経て迷いなく蔵へ入った。釧路ほどすてきな町はない。さも当たり前、という自然さでふたりは言った。その言葉が、酒の味に重なった。

 岩手県・二戸の南部美人を訪ねたのは2月中旬のこと。関東出身の同行者が悲鳴をあげるほどの寒さの夜、社長の弟で常務の久慈雄三さんを中心に蔵人たちと囲む鍋に、三戸のせんべい屋が詰めた切りたての柔らかい耳。地元では炒めたり煮たりもするという。この土地の食の奥深さを詰め込んだ手作り料理に、箸も盃(さかずき)も止まらなかった。

 南部美人は吟醸酒の美しさで知られるけれど、伝統的な造りの熱燗向きの酒もある。気づけばひとり一升は飲んでいただろうか。夜もふけて案内されたのは、地元に30年以上続くというレゲエバーだった。みんなで肩を組んで歌い、夜中まで語り合った。控えめで勤勉、でも胸の中は情熱的―その気質が、酒にも宿っている。あの笑顔を、酒を口にするたびに思い出す。胸の奥が、じんわりと熱くなる。

 日本酒の旅で分かるのは、その土地の酒は、その土地の人が注いでくれてはじめて完成する、ということだ。どうかその一杯を、現地で飲んでほしい。それを伝えたくて、わたしは書き続けている。


関氏

 
 
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