持ち物は本と地図、ほんの少しの想像力。本書は、目的地を「過去」に定めた、時代を旅する新感覚の四次元ツアーガイドである。「日常が嫌になった。旅でもしなけりゃ、やってられない。でもいかんせん、金がない。時間も、体力もない……」そんな思いに応えるように、「そうだ、過去の歴史へ『タイムスリップ』の旅に出よう」と誘う。
旅のルールは至ってシンプルだ。「時代を決めて、その時代と関わる何冊かの本を読み込む」こと、そして「旅先の風景に、想像した時代をピタリと重ねてみる」こと。このルールに則り、日本近代文学研究者である著者が、過去と現在を行き来しながら、歴史や人物にゆかりのある街並みや遺構を歩く紀行文となっている。ひとたび本書を開けば、そこは現実・本・想像の世界が入り乱れる異次元空間だ。
本書で巡る旅は三つ。第一章「古代・飛鳥編」では、いにしえの日本の息吹を感じる奈良県明日香村・橿原市を縦横無尽に旅し、大化の改新の秘密に迫る。旅のお供は松本清張『火の路』や『日本書紀』だ。
第二章「近世・吉原編」の舞台は、天明・寛政の御世。町人文化の痕跡が随所に残る東京下町を駆け巡り、出版人・蔦屋重三郎の生涯を追う。山東京伝『江戸生艶気樺焼』などを手に、江戸の文化を追体験する。
第三章「近代・湘南編」では、大正末期の神奈川県鎌倉市・藤沢市へ。江ノ島電鉄に揺られ、垂れこめた雲と泥濘色の海が広がる江の島に、芥川龍之介の晩年の苦悩をみる。芥川自身の作品「歯車」や「蜃気楼」が、その思索の跡をたどる道標となる。
著者の前田潤氏は1966年東京生まれ。早稲田大学を卒業後、立教大学にて博士(文学)の学位を取得。専門は日本近代文学で、大学・予備校講師を務める。主著に『地震と文学』『漱石のいない写真』などがある。
本書は、単なる史跡巡りのガイドではない。著者は「あとがき」で、「『未来』がない、あるいは、すでに定められた『未来』しかない。そうした感じを強く持った時に、それならば、『過去』という『未知』を歩けばいい」と語る。歴史上の人物や出来事に深く没入する空想の時間旅行は、凝り固まった心身を解きほぐし、新たなエネルギーを充填してくれるだろう。歴史や旅行が好きな方から、日本文学愛好家まで広く楽しめる一冊だ。地図や写真、タイムスケジュールも豊富に盛り込まれている。
A5判164ページ、定価2000円+税。
発行=現代書館。





