個性が光る宿を体験する機会が増えました。中でも本が読める宿はとりわけ魅力的です。
最も心奪われたのは長野県蓼科温泉「蓼科親湯」でした。
柳澤幸輝社長の読書好きが高じて、館内の蔵書は約3万冊。柳澤社長の蔵書のみならず、幅広いジャンルの本が大量に並んでいるさまは圧巻です。
4代目の柳澤社長の「蓼科の文化的価値を受け継ぎ、お客さんに伝える」という意欲から生まれました。
「蓼科親湯」は、柳原白蓮や伊藤左千夫など文人との関係が深いため、直筆の書や宿帳が各所に掲示されています。
太宰治、幸田文といった蓼科にゆかりがある文人10人をモチーフにした客室もあります。私が大好きな幸田文のルームで幸田文全集を手にした時の興奮は忘れられません。
蓼科で執筆された作品は一般的には「蓼科文学」といわれていますが、蓼科では「山浦(やまうら)文学」と呼ばれています。その「山浦文学」に引かれて、昭和の名映画監督・小津安二郎は晩年、蓼科で脚本を執筆しました。「蓼科親湯」の常連だったそうです。
蓼科の土地の歴史を知ることができる、地域の“顔”の役割を果たす意義深い宿です。
特筆すべきは、「蓼科親湯」には閑散期を狙ってくるお客さんが多いことです。本は静かな空間で読みたいですからね。宿泊客数の年間の平準化を願う宿の皆さん、興味が湧きませんか?
もうひとつ、読書に適した宿として浮かぶのは佐賀県嬉野温泉「和多屋別荘」です。
7千冊の蔵書を誇りますが、こちらは書籍販売における取次の日本出版販売株式会社(日販)が入っており、本を実際に購入することができます。
「和多屋別荘」のキャッチフレーズは「二万坪の小宇宙で過ごす特別な時間」―。
敷地内には嬉野川が流れ、日本庭園が広がる。広大な敷地を有します。
玄関を入るとフロント横に、パリを拠点にする焼き菓子の名店「ピエール・エルメ・パリ」のショップがあります。嬉野茶を用いたオリジナルマカロンの開発もしていました。
通路を進むと「BOOKS&TEA三服」と、おいしいお茶が購入できる名店「副島園本店」、「ペンギンミュージアム」のフロアへ至ります。香りのショップ「香十」も入っています。
もちろんスパや「湯殿」など、宿としての機能も充実しており、実に多種多様な顔を持つのが特徴です。
また宿の一角を貸し出す「サテライトオフィス」は2019年から実施しており、Web会社と日本語学校が利用し、今年4月からは調整薬局が新たに加わる予定です。
温泉宿なのか、新手のアミューズメントパークなのか―。
「次はいったい、何が出てくるのだろう」と私は期待でわくわくしましたし、「小宇宙」という表現がぴったりだなと感じました。
ちなみに、旅先のライブラリーで最も欲しいのは郷土本です。土地の人の知恵が詰まった本は旅を豊かな時へと導いてくれます。
(温泉エッセイスト)




