観光が「平和のパスポート」とも称される現代、その現象を空間から読み解く「観光地理学」という学問分野に焦点を当てた一冊が刊行された。本書は、観光を学ぶ大学学部生から、観光業や自治体の観光関連部署に携わる実務家までを対象とした教科書である。前身となるシリーズから十余年を経て大きく変わった観光学の知見をまとめ、観光という現象の理解をより深めることを目指している。
編著者はまえがきで、「観光地理学は、人がなぜ動き、どこへ向かい、どのように空間を経験するのかという問いを起点とし、地域や社会との関係を可視化する営みである」と述べる。本書は、この観光地理学という一つの軸に立脚し、多様な研究事例をもとに調査・分析方法を体系的に整理し、実践的な視点を提供することを目的としている。
多様な視点から観光を掘り下げる
本書は、観光地理学の視点から、地誌的アプローチ、テーマ別研究、関連分野との連携、実務への応用という4つのパートで構成されている。
第1章から第3章では、都市、農村、リゾートといった異なる地域の地誌を通して観光を捉える方法を解説する。「第2章 農村の地誌と観光」では、東京大都市圏の「農」空間の商品化や、カナダのカウチンバレーにおけるワインツーリズムの発展を事例に、農村観光を論じている。
第4章以降は、メディア、健康、スポーツ、歴史、文化、ジェンダーといった多彩なテーマと観光の関わりを人文地理学の視点から掘り下げる。「第5章 健康と観光の人文地理学」ではサウナの立地特性を、「第8章 ベルリンのテクノ音楽観光とテクノクラブカルチャーの人文地理学」では音楽文化がもたらす観光を分析するなど、現代的なトピックが並ぶ。
さらに、第10章「観光計画策定とコンサルタント」や第11章「観光行政における調査とその活用」では、実務における観光地理学の応用が示されており、観光計画の策定や行政調査の各段階で地理学的な視点がいかに活用されるかを具体的に学ぶことができる。
日本の観光地理学を担う執筆陣
本書の大きな特徴は、今後の日本の観光地理学を担う若手研究者を中心に執筆されている点である。編著者の2名に加え、10名の研究者が各章を担当し、それぞれの専門分野から最新の知見を提供している。
編著者
- 有馬 貴之(ありま たかゆき)氏:1983年徳島県生まれ。2011年首都大学東京大学院都市環境科学研究科博士後期課程修了。現在、横浜市立大学国際教養学部准教授。博士(理学)。
- 菊地 俊夫(きくち としお)氏:1955年栃木県生まれ。1983年筑波大学大学院地球科学研究科博士課程修了。現在、東京都立大学名誉教授、同大学プレミアム・カレッジ特任教授。理学博士。
著者(五十音順)
- 飯塚 遼(いいづか りょう)氏:帝京大学経済学部准教授
- 池田 真利子(いけだ まりこ)氏:筑波大学芸術系准教授
- 太田 慧(おおた けい)氏:高崎経済大学地域政策学部准教授
- 柿島 あかね(かきしま あかね)氏:公益財団法人日本交通公社上席主任研究員
- 五艘 みどり(ごそう みどり)氏:帝京大学経済学部教授
- 成田 慶太(なりた けいた)氏:横浜市立大学大学院
- 洪 明真(ほん みょんじん)氏:福井県立大学 流通経済大学大学院社会学研究科准教授
- 山口 太郎(やまぐち たろう)氏:神奈川大学国際日本学部准教授
- 吉沢 直(よしざわ なお)氏:北海道大学大学院メディア・コミュニケーション研究院講師
- 渡邊 瑛季(わたなべ えいき)氏:山梨大学大学院総合研究部教育学域准教授
(所属は2025年6月現在)
編著者は、「読者には、本書を通じて『観光』を理解する一分野の観光地理学の多様性と奥行きを感じていただきたい、そして、その中にある一つの論理や方法が、現代の観光現象を読み解く鍵となることを期待している」と結んでいる。本書は、観光研究に関心を持ちながらも調査方法に悩む学生や、現場で新たな視点を求める実務家にとって、その多様性と奥行きを指し示してくれる羅針盤となるだろう。
B5判120ページ、定価3,300円(本体3,000円+税)。
発行=朝倉書店。





