観光レジリエンス研究所の高松正人代表の講義
JTBツーリズムビジネスカレッジは2月26、27日の2日間、旅館・ホテルで働く外国人スタッフのための基礎講座「日本流ビジネスコミュニケーション・ホスピタリティの徹底理解と災害時の危機管理~実践的防災体験付き~」を実施した。社会人のリスキリングや大学生の就業体験・就職活動を支援する新たな教育プラットフォーム「JTBツーリズムビジネスカレッジNEXT」の第一弾プログラムとして開かれたものだ。
初日は、東京都豊島区巣鴨のJTBツーリズムビジネスカレッジの教室で「日本で働くための基礎理解・ホスピタリティ」を学習。2日目は東京都豊島区西池袋の東京消防庁「池袋防災館」で消火体験、地震体験、火災避難体験などを行った後、観光レジリエンス研究所の高松正人代表を講師に迎えて、「宿泊・観光施設の危機管理」を座学で学んだ。
業界の人材不足に応える新プラットフォーム
新プラットフォーム「JTBツーリズムビジネスカレッジNEXT」の開設背景には、観光産業が直面する構造的な課題がある。
JTBツーリズムビジネスカレッジ(学校法人国際文化アカデミー)は同プラットフォーム開設の背景について「急増するインバウンド需要や人口減少に伴う地方創生・地域活性化、加速するデジタル化への対応などにより、大きな変革期を迎えている」と説明。「産業界における深刻な労働力不足、人材流動化の加速による離職率の上昇といった人材面での課題の解決が急務」とも述べている。
同プラットフォームのコンセプトは「未来の観光産業の成長発展を担う即戦力として必要な能力を修得する」こと。40年以上にわたる観光系専門学校としての教育ノウハウをもとに、「実践性」「信頼性」「先進性」を強みとするプログラムを「未来観光塾」として展開する。
社会人向けの「未来観光塾 for Working People」では、観光業界で働く従業員向けのスキルアップ・リスキリング支援や、観光業界への転職希望者の支援などを行う。大学生向けの「未来観光塾 for Career Starters」では、グローバルな分野での活躍を目指す学生向けの国内・海外就業体験支援や、観光業界への就職活動支援を提供する。
本2026年度から本格展開する。
「自社で研修が難しい」中小事業者の課題に対応
第一弾として実施した社会人向けプログラムの対象は、主に中小規模の宿泊施設や旅行会社で働く従業員だ。
アンケート調査の結果から「自社で社員教育や研修を行うことが難しい、OJT中心となっている」「社会人としてのマナーや心構えなどに加え、より実務や現場対応など実践で活用できる内容を学ばせたい」「自社の社員に、他の宿泊施設の社員とのネットワークや交流機会も提供したい」といった声を抽出し、プログラムを構成した。
今回の外国人スタッフ向け基礎講座はその解決策となるプログラムの一つ。対象は宿泊施設の内定者から現在勤務中の外国人スタッフで、実務経験・年数は問わない。定員は20名(最少催行人員10名)、受講料は3万8000円(税別)。2026年1月から3回にわたって募集された。
池袋防災館で震度7を体験

2日目の研修は、池袋防災館での体験から始まった。
午前は「池袋防災館」体験プログラムとして、消火体験、地震体験、火災避難体験などを実施。東日本大震災のマグニチュード9.0・震度7を再現した地震体験も含まれた。
体験プログラムを案内した担当者は「日本はとても地震が多い。いざそういうことが起きたら、どういう行動をしなくてはいけないかを学んでいってください」と参加者に呼びかけた。地震体験では、実際に揺れる時間は45秒程度に設定されていたが、「本当の東日本大震災は3分近く揺れた」とも説明された。

「外国人客には緊急地震速報の意味が分からない」

午後の座学では、観光レジリエンス研究所の高松正人代表が「宿泊・観光施設の危機管理」と題して講義した。
高松氏はまず、大きな地震が起きた際のお客様の心理と行動について、参加者と対話しながら掘り下げた。緊急地震速報の警告音を流し、「外国人のお客様は、緊急地震速報の音や意味が分かりません」と指摘。音を聞いても何のことか分からないゲストが存在する現実を示した。
講義の中で高松氏が特に強調したのが「シェイクアウト」の普及だ。「体を低くする(ドロップ)」「頭を守る(カバー)」「揺れが収まるまで動かない(ホールドオン)」の3動作で構成される、世界共通の地震時安全行動。「振りをつけてやれば、英語が母国語でない人にも伝わる。毎朝の接客用語の後に10秒でいいのでやってほしい」と述べた。
緊急地震速報が鳴った際の館内放送についても具体的に解説。「ご案内いたします」などの前置きは不要で、「緊急地震速報です。地震が来ます。体を低くしてください。頭を守ってください。揺れが止まるまで動かないでください」と、結論から即座に伝えることが重要だと説いた。マイクの前に放送文を貼っておき、誰がマイクを取っても同じ内容を伝えられる体制を整えるよう求めた。
「この建物は安全です」の一言が不安を和らげる
揺れが続く間も、館内放送を繰り返すことが大切だと高松氏は述べた。
「この建物は安全です。揺れが収まるまでその場にいてください」という言葉が、パニックを防ぐ大きな効果を持つという。「それを言わなかったら、建物が崩れると思ったお客様は外へ飛び出そうとする」と指摘した。
一方で日本の建築基準法(1981年改正後)に基づく建物は、地震で即座に倒壊することはほとんどない。しかし建物の外では、ガラスの破片やタイルの落下、電線の垂れ下がりなどの危険が待ち受ける。「外は危ないので、中にいてください」と明確に伝える必要があると強調した。
揺れが収まったら、まずお客様の安全確認。「けがをしたり動けなくなったりしている方はいませんか」と声をかけ、館内放送でも呼びかける。その上で、壁・柱の崩壊、天井の崩落、備品・照明の落下、火災の発生、停電・断水・漏水・ガス漏れ、エレベーター内の閉じ込め、ガラスの破損、スプリンクラーの誤作動——といった項目をチェックリストに基づいて点検する。「普段から各所にチェックリストを置いておかないと、確認が漏れる」と呼びかけた。
安全確認が完了するまでの間は、「現在、ホテル内の安全を確認しております。お客様は次のアナウンスがあるまでその場で待機してください」とアナウンスを繰り返すことが重要だと述べた。
津波警報が出たら「垂直避難」
講義では、津波対応についても詳しく取り上げた。
参加者のうち千葉県勝浦市と鴨川市のホテルで勤務する2人が実例を交えながら講師と対話。高松氏は両市の津波浸水想定マップを示し、海岸沿いのホテルでは津波が来た際に外へ逃げることが逆に危険になる場合があると説明した。
勝浦市のホテルについては、市の防災資料に「津波避難ビル」として指定されており、「上の階に逃げることが正解。地域の住民もここに避難してくる」と指摘。5階の広いホールへの「垂直避難」が有効だと述べた。鴨川市のホテルについても、4階への垂直避難が決まっているとの参加者の発言を踏まえ、「ホテルの外に出ることは津波さん来てくださいという状態になる」と述べ、上階への避難を徹底するよう促した。
津波警報が出ている間は「絶対に降りないでください。鍵をかけてしまっていい」と断言。津波注意報(最大1メートル)に変わった段階で、最終的には支配人が降りるかどうかを判断すると説明した。
避難誘導は「スタッフが先頭に立て」
避難誘導の実務についても実践的な内容が続いた。
「お客様は自分が一番先に逃げたいと思っている」ため、全員が一斉に階段へ向かうと将棋倒しの危険が生じる。「4階の人から先に上がってください、次に3階、2階と順番に案内することで、階段上での重なりを防げる」と述べた。
外国人客への対応については「細かい説明を多言語でする余裕はない。自分が先頭に立って『Follow me』と言えばよい。ミャンマー語やシンハラ語しか分からない人でも、見れば分かる」と説いた。
高齢者や障害者など移動に支援が必要なお客様への対応についても言及。「スタッフが抱えて連れて行こうとすると、他の人の誘導が止まってしまう。周りのお客様にはっきりお願いしていい。非常時は命令口調で構わない」と述べた。荷物については、「貴重品だけ持ってください。大きな荷物は持たないでください、と強い声でいい」と強調。2024年1月の羽田空港の航空機衝突事故で、乗客370人が10分以内に脱出できたのは徹底した訓練があったからだと説明した。
「3つの不」を軽くすることが接客の使命
講義の後半では、高松氏が観光分野の防災・危機管理に取り組む経緯を語った。
2001年にJTBのシンクタンク子会社(現JTB総合研究所)を立ち上げ、旅行・観光のコンサルティングを手がけていた高松氏は、2011年3月11日の東日本大震災を機に「観光と防災の掛け算」を自らのライフワークにすることを決めた。当時、国連観光機関(現UNTourism)のクライシスマネジメント担当責任者から2004年のインド洋津波後のプーケット復興事例を紹介され、観光地の事前備えと早期復興の重要性を認識。その後15年間、観光分野の防災・危機管理に携わってきた。
地震時のゲスト心理として、高松氏は「3つの不」を提示した。すなわち「不快(停電でエアコンが止まるなどの不快感)」「不便(通信不通、断水、トイレが使えないなど)」「不安(家族の安否、自分自身の安全、いつ帰れるかへの不安)」だ。
「命が助かってもこの3つがある。災害時の宿泊施設の接客で大事なことは、この3つの不をできるだけ軽くしてあげるために何ができるかを考えることだ」と述べた。
具体的な対策として、保温用の毛布やカイロの提供、非常用食料・飲料水の配布、仮設トイレの活用、多言語での情報提供(NHK WORLD JAPANや観光庁監修の「Safety tips」など)を挙げた。また、一般の電話回線が規制される中でも、公衆電話(硬貨式)と「災害用伝言ダイヤル171」は使えることを紹介。毎月1日と15日に171の練習ができることも説明し、「帰ったらスタッフと一緒に練習してほしい」と呼びかけた。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】




