北村氏
ホテル業界では長らく、総合評価を左右する中心要因は、客室の広さや快適性、設備水準、接客品質、食事内容といった「目に見えるサービス品質」だと考えられてきました。もちろん、その認識は今も基本的には正しいでしょう。しかし、今回の10,000人調査が示したのは、それだけでは説明しきれない、もうひとつの重要な評価軸の存在です。それがSDGsへの取り組みです。今回のデータを見る限り、SDGsは単なる社会貢献イメージや企業姿勢の飾りではなく、宿泊者がホテル全体の信頼性や配慮の質を読み取るための、実質的な判断材料として機能している可能性があります。
本調査では、ホテル格付けとSDGs格付けをそれぞれ1〜5段階で設定し、それらを組み合わせた10種類の宿泊施設パターンを用意しました。回答者は10,000人、評価データは延べ10万件に達します。さらに、全10問に同じ点数を並べた均一回答者を除外しても、有効回答者は7,930人残りました。この有効回答ベースでも、ホテル格付けの影響は強く確認されつつ、SDGs格付けも独立した押し上げ要因として明確に作用していました。標準化係数でみると、ホテル格付けの影響はより強いものの、SDGs格付けも無視できない水準にあり、相対寄与で見てもかなり大きな割合を占めています。これは、「サービスさえよければよい」「SDGsはあれば望ましい付加価値にすぎない」という従来の感覚を修正するのに十分な結果だと言えるでしょう。
結果を直感的に示す数字も印象的です。たとえば、ホテル格付けが5であっても、SDGs格付けが1のパターンは平均3.11点でした。一方、ホテル格付けもSDGs格付けも5のパターンは3.94点を記録しています。均一回答を除いた分析では、この差はさらに広がり、差は1点を超えました。5点満点の評価尺度において、これは決して小さな揺らぎではありません。また、ホテル格付け4・SDGs格付け2のパターンと、ホテル格付け2・SDGs格付け4のパターンがかなり近い水準にあった点も重要です。宿としての基本性能がなお優位である一方、SDGsの高さがその差を大きく埋めることが読み取れます。つまり、SDGsは「よければ少し印象がよくなる」程度の補助要素ではなく、総合評価を現実に動かす一軸になっているのです。
では、なぜここまでSDGsが効くのでしょうか。私は、その背景に「SDGs=おもてなし」の連想があるのではないかと考えています。もちろん、今回の調査データだけで、その心理メカニズムを厳密に証明することはできません。なぜなら、回答者が各パターンに対して抱いた「誠実さ」「安心感」「気配り」「配慮の細やかさ」といった中間的な印象を、今回は直接測定していないからです。しかし、データはこの仮説と非常に整合的です。追加分析では、ホテル格付けとSDGs格付けの交互作用が正に有意となりました。これは、ホテルそのものの品質が高い場面ほど、SDGsの高さがいっそう強く評価を押し上げていることを意味します。言い換えれば、宿泊者はSDGsを、単なる環境活動や社会貢献のラベルとしてではなく、「このホテルは運営が丁寧そうだ」「細部まで配慮が行き届いていそうだ」「ゲストにも誠実に向き合ってくれそうだ」といった印象につなげて受け取っている可能性が高いのです。
この点は、ホテル業にとって極めて重要です。なぜなら、宿泊者が見ているのは、目の前の設備や接客だけではないからです。省エネへの姿勢、食品ロス削減、地域食材の活用、従業員への配慮、地域社会との関係性―そうした取り組みは、個別には「サービス項目」として見えにくいかもしれません。しかし宿泊者は、それらを通じて、そのホテルがどのような思想で運営されているかを推し量っています。そして、その推測は最終的に「ここは信頼できる宿泊施設か」「気持ちよく滞在できそうか」という、おもてなしの期待値に接続している可能性があります。今回の結果は、まさにそのことを示唆しています。
業界として受け止めるべきなのは、SDGsを広報素材やCSRの別枠として扱う発想から、そろそろ脱却すべき時期に来ているということです。SDGsへの取り組みは、いまや宿の外側に貼る理念ラベルではありません。宿の内側にある運営姿勢、配慮の質、誠実さ、そしておもてなしの深さを伝える「信号」になりつつあります。サービス品質を磨くことは、言うまでもなくホテルの本分です。しかし、これからの時代に選ばれるホテルになるためには、「よいサービスを提供している」だけでなく、「どのような価値観でそのサービスを支えているか」まで伝わる必要があります。今回の10,000人調査は、その現実を、かなり明確に数字で示したと言ってよいでしょう。




