【学術×現場36】音は耳でなく皮膚で聴く 福島規子


 音楽は耳で聴くものだと思っていたが、実のところ音楽は皮膚や骨で聴くものらしい。いわゆるグルーブ感である。

 近年の音楽心理学や神経科学では、「身体で聴く音」の重要性が繰り返し示されている。低周波の触覚刺激がリズム知覚を強化し、その触覚が脳内で聴覚と統合されることで快感や没入感を生み出す。同じ曲を聴いてもイヤフォンでは生まれない感覚が、ライブ会場ではグルーブ感として立ち上がってくるのである。

 グルーブ感についてはベース&キックの用語で説明されることが多い。ドラムのドンというキックが拍の位置を身体に刻み、低音の旋律やリズムを表現するベースが、その拍の間を埋めて揺れを作る。両者の低周波が、皮膚や胸、腹に身体運動を促すことで、身体が自然に揺れ出すグルーブ感が増幅されるという。

 いわば、人は耳以外の器官で音を感じることでグルーブ感という「体験」を手に入れているともいえる。

 言語化しにくい事どもを、身体を通して感じ取り、判断し、行為へと統合する知の体系を「身体知」と呼ぶが、音で感じる「身体知」はリズム感にあふれたノリノリのグルーブ感だけではない。

 たとえば、ホテルのロビー。欧米の外資系ホテルのロビーでは、大理石やフローリングといった硬質な床材が使われ、天井も高く吹き抜けになっているところが多い。壮大さを狙った大理石の床と高い天井は、客やスタッフの靴音、キャリーケースを引く音、客たちの話し声などを空間に反響させ、活気と存在感を生み出す。

 一方、帝国ホテルのようにじゅうたんを敷き詰めたロビーでは、スタッフの靴音はおろかキャリー音も客同士の会話も聞こえてこない。じゅうたんが音を吸収するため、吹き抜け空間であるにも関わらず、静かで落ち着いた空気感が保たれているのである。

 外資系ホテルが、「音によって空間を創り上げる」とするならば、日本のホテルは「音を消すことで空間を創り出している」ともいえるだろう。
 ところで、筆者が指導している8室だけの高級小規模旅館、湯河原温泉「石葉」のコンセプトは静謐(せいひつ)である。ここでの静謐とは、単なる無音ではなく、微細な音が幾重にも重なり合うことで身体に蓄積されていく「静けさの身体知」を指す。

 もてなしの準備が整ったことを知らせる打ち水の「パシャパシャ」という音は空気を清めると同時に、来訪者の身体に「迎え入れられる」という感覚を刻む。木々に囲まれた露天風呂では、風に揺れる葉の「サラサラ」とすれ合う音が湯気の温度と呼応し、外界との境界を柔らかく溶かしていく。懐石料理では、独創的な春巻きの「サクッ」「パリッ」という軽やかな破裂音が、口腔の触覚と結びつき味覚の立ち上がりを導く。

 こうした伝統文化や風習、自然や素材が生み出す微細音の重なりが、旅館という空間に独特の深みを与え、静謐を創りだすのである。顧客は、これらの微細音の重なりから「静謐であること」を理解、判断し、静けさの身体知を獲得していく。

 旅館の静けさもまた、耳で聞くものではなく、身体で知る「身体知」のひとつといえよう。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。接客サービスの現場で起こる事象をサービスコンサルタントの立場とホスピタリティ研究の専門家の知見からひも解いていきます。

 
 
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