期待は売上を拡張し、裏切りは破壊します~ ホテル体験神経モデル  サクラクオリティマネジメント 北村剛史


観光品質認証協会 統括理事 北村剛史氏

 ホテルの満足度は、料理の味や部屋の広さといった「体験の質」だけで決まるわけではありません。その前段階にある“期待”が、滞在中の行動を起動し、結果として売上と評価の両方を左右します。私はこの一連の流れを、あえて「ホテル体験神経モデル」と呼んでいます。

 たとえば、実は素晴らしいレストランが館内にあったとしても、チェックイン時点で「期待」が立ち上がらなければ、ゲストは「試してみよう」と思いません。人は「期待」が小さいと、探索せず、失敗を避ける「保守的な行動」に陥りやすいからです。するとレストランの品質がどれほど高くても使われない。使われなければ、その価値は“存在しない”のと同じです。ここに、ホテル経営の落とし穴がありのです。

 この構造を、数式で見える化してみます。全体満足度Sは、次のように表せます。

S α∫E(t)dt βΣ[ U(E0) × (Si − Ei) ] − γΣ[ N(Ei − Si) ]

 「何この式?」と思われるかもしれませんが、意味は非常に単純です。

 まずE(t)は、滞在中に抱いている期待(ワクワク)の強さです。これを時間で積分した∫E(t)dtは、「期待の総量」を表します。チェックイン後、夕食まで、朝食まで、その間ずっと“楽しみ”が続けば続くほど、体験の価値は膨らみます。これはドーパミン的な高揚が関与する、と考えると理解しやすいです。

 次にU(E0)は「利用確率」です。E0はチェックイン直後の初期期待で、ここが強いほど館内の探索が始まり、レストラン利用、バー利用、スパ利用などの“二次消費”が立ち上がります。つまりUは体験価値を増幅する乗数です。いくらSi(体験そのものの満足)が高くても、Uがゼロに近ければ、全体への寄与はほぼゼロになります。ホテルの満足度は足し算というより、実務的には掛け算なのです。

 そして(Si − Ei)は「予測誤差」です。予想より良ければプラス、予想通りならゼロ、期待以下ならマイナスになります。良い驚きは記憶に残りやすい一方で、期待を煽りすぎると逆回転が起こります。ここまでなら、よくある“期待値コントロール”の話です。

 しかし、本当に怖いのは最後の項です。N(Ei − Si)は、期待が裏切られたときに立ち上がるストレス反応を表します。期待より体験が下回った瞬間、人は不快・警戒・苛立ちといった状態になりやすく、負の神経伝達物質である「ノルアドレナリン」が関与する反応として説明できます。重要なのは、この負の反応の影響が、プラスの驚きよりも大きく働きやすい点です。だからこそ式では、マイナス側にγという重い係数を置きます。言い換えるなら、ホテル経営の第一原則は「感動の最大化」ではなく、「裏切りの最小化」なのです。

 では現場では何をすればよいのでしょうか。ポイントは二つあります。

 ひとつ目は、フロントを“受付”ではなく“期待の起動装置”として設計することです。チェックイン会話で館内の魅力を一言で伝えます。メニューや混雑だけでなく、「いま行く理由」を添えます。たとえば「今日のおすすめは季節のコースで、最初の一皿が“香り”で驚かれます」といった、具体的で誇張のない予告です。これがE0を上げ、Uを押し上げます。

 ふたつ目は、期待を上げすぎないことです。過剰なキャッチコピーはEiを暴騰させ、Siが普通でも裏切りになります。するとγの世界、つまり“破壊”が始まります。ここで効くのは、約束を小さくすることではありません。約束を「正確にする」ことです。できること、できないこと、条件(時間帯・席・眺望・アレルギー対応など)を、分かりやすく前もって伝えます。これが裏切りの振幅を小さくします。

 経営指標としては、レストラン利用率そのものだけでなく、「チェックイン後◯時間以内の館内回遊」や「提案から予約までの転換率」を見てください。料理の評価点が高いのに利用率が低いなら、品質ではなく期待起動に問題があります。逆に利用率は高いのにクレームが増えるなら、期待の上げ過ぎ、または提供の揺らぎが疑われます。

 良いレストランを作るだけでは、ホテルの価値は増えません。良い体験を“使わせる期待”を設計し、同時に“裏切り”を最小化します。期待は売上を拡張し、裏切りは評価を破壊します。フロントは、その両方を動かす起点です。ここに投資するホテルほど、収益も口コミも、強くなっていきます。

 最後に、私が現場で使う簡単なチェックがあります。①説明は具体ですか。②約束は検証可能ですか。③失望ポイント(混雑、提供時間、席条件など)は先に潰せていますか。これだけでγの負荷を下げられます。期待を上げる前に、裏切りを消す。これが“強いホテル”の共通点です。

 
 
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