あるお宿の経営者が事業承継を行うことになりました。社長を息子に譲り、自分は会長になる予定です。引き継ぎの期間は6カ月に設定しました。これから息子は社長としていいスタートを切れるだろうか。不安が経営者の頭の中によぎっています。そして自分が経験したことのない会長職になるということについても、どのような立ち位置で臨めばいいのか迷いがあります。
今回は、旅館業の事業承継における会長と社長の役割分担、そして半年間の移行期間に何をすべきかについて事例をご紹介します。
まずは会長の役割について。次の三つに集約されます。
一つ目は、対外的な信用の維持です。地元の観光協会や商工会とのつながり、金融機関や主要取引先との関係性。これらは長年築いてこられたあなたの「顔」があってこそ。この財産を新社長に引き継ぐ橋渡し役が会長の大きな仕事です。
二つ目は、経営の助言です。新社長が判断に迷ったときの相談相手になる。ただし、ここで気をつけたいのは「口を出しすぎない」こと。細かい経営判断に介入すると、社内が混乱します。
三つ目は、後ろ盾としての存在感です。社内外に「新社長を支持している」というメッセージを示すことで、後継者の求心力が高まります。
一方、新社長の役割は、日々の経営判断、料金戦略、販促、採用、経費管理など、全ての意思決定と責任です。「会社を動かすのは社長、信用を支えるのが会長」。この役割分担がとても重要です。
次に半年間の移行期間、何をすべきか。旅館業は現場の人間関係が収益に直結します。段階的な引き継ぎが成功の鍵となります。
最初の1~2カ月は、現場と人の引き継ぎです。まず全社員に正式な説明を行い、「これから社長は息子が務める。私は会長として支える」と明確に伝えましょう。うわさや憶測を防ぐためです。各部門の担当者、人間関係、問題点を新社長と共有し、キーメンバーとの信頼関係を築きます。
3~4カ月目は、取引先の引き継ぎです。旅行業者、食材業者、金融機関など、主要取引先には必ず同行して挨拶してください。あなたの紹介で信頼をバトンタッチすることが、何より重要です。また、料金設定の考え方、ネット予約の管理、地元との付き合いの暗黙知など、ノウハウの伝承も忘れずに。
5~6カ月目は、いよいよ新社長主体の運営です。会議では発言を控えめにし、社長の判断を尊重しましょう。月次の数字を一緒に確認しながら「経営を見る力」を育てます。売り上げの波、原価、コストコントロール、組織のとりまとめなど、旅館経営の勘所を伝えていきます。
半年後、最も大切なのは任せる勇気です。社内の指示は全て社長から。あなたは地元行事や観光業界のネットワーク維持に専念する。口は出さないが、必要なときはいつでも助言できる。この距離感が、事業承継の成功を左右します。
このお宿の若い社長はIT戦略に強みがあります。生産性向上やSNS発信は大きな武器になるでしょう。一方、古くからの顧客や地域とのつながりは、会長が補完できる部分です。この世代間の強みを組み合わせることで、お宿はさらに発展します。
事業承継は、ゴールではなくスタートです。新しい時代に向けて、二人三脚で歩んでいきましょう。
失敗の法則その82
息子への事業承継を計画なく進めてしまい、宿の組織や外部関係者に混乱を生じてしまった。
そのため、終息に余計な労力を使うことになり、新体制のスタートダッシュで大きくつまずくことになった。
そこで、社長と会長の役割分担を明確化し、文章に落とし込むこと。そして移行期間を設けて、アクションプランに基づくスケジュールを組み、ハードルを一つずつクリアしていこう。
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