【観光トレンド12】マリアナ・海中歴史遺産の光 手塚真人


 太平洋戦争から80年。サイパン沖にはいまも無数の沈船や航空機が静かに眠り、透明度の高い海中に独特の景観を生み出している。その象徴が松安丸である。

 スポーツ解説者として著名な松岡修造氏の高祖父が創業した松岡汽船の貨物船で、徴用後に米潜水艦の攻撃を受け曳航ののち沈没を避けるために海へ沈められた。先日のNHK『ファミリーヒストリー』で松岡氏がこの事実を初めて知った驚きは、海中遺構の背後にある物語に光をあて、多くの人にそれを意識させる契機となった。

 こうした海中戦争遺構は、単なる戦争残骸ではなく、当時の製造技術や活動実態、人々の生活と命の痕跡を今に伝える「海中歴史遺産」でもある。

 しかし、第2次大戦期の沈船は、ユネスコの「水中文化遺産保護条約」が“水没後100年以上”を対象とするため、文化遺産として扱われない。日本でも、こうした戦争遺構が文化遺産として研究対象となり、制度的に保全されていく取り組みは、課題も多く途上である。

 一方、2023年に世界遺産委員会で確認された「記憶の場所」という新たな視点が注目される。これは「国家や地域が記憶に残したい出来事が起こった場所」を指し、平和と人権を未来に伝える新しい理念である。

 こうした「戦争の記憶を海中に残す遺構」の継承のため、潮流等の影響で腐食が進む前に、サイパンでは九州大学の研究者と現地ダイバーが協力し、沈船等の歴史的価値を3Dデジタルで保存する活動が始まっている。

 サイパン沖の海中遺構群は、海底に眠る”歴史の博物館”であり、ダイバーに人気のスポットであると同時に、歴史を伝える地域の記憶の場でもある。海中に眠る近代の記憶に光をあて、そしてその遺構の背後にある物語を知ることから始まる、歴史文化と観光の両面から未来につなぐ取り組みが求められている。マリアナ沖の海中歴史遺産が、「守り、伝え、活かす」新たな持続的観光の入り口となることを願いたい。

 (株式会社観光文化デザインラボ代表取締役社長 手塚真人)
 

 
 
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