【観光バスDX】1人のガイドで複数台同時案内へ 既存技術でガイド不足を突破 九州運輸局が実証実験報告会を開催


実証事業の報告会の様子(オンライン同時開催)

 12月12日、福岡市内の(一社)九州通訳・翻訳者・ガイド協会(K-iTG)会議室にて、国土交通省九州運輸局主催による「令和7年度『九州における新たなローカルガイド人材の活用法』に関する実証実験 事業報告会」が開かれた。

 

 インバウンド需要が急回復を見せる中、観光業界において「ガイド不足」は深刻なボトルネックとなっている。特に大型団体ツアーでバスを複数台運行する際、全車両にガイドを配置することが困難な状況が常態化しつつある。

 

 こうした課題に対し、デジタル技術を活用し「1人のガイドが複数台のバスに向けて同時に案内を行う」という新たな手法の実証実験が行われた。本稿では、九州運輸局、株式会社JTB福岡支店、そしてK-iTGの連携によるこの「観光バスDX」の成果と課題、そして2026年2月の世界的イベントへ向けた展望を詳報する。

 

インバウンド6000万人時代に向けた「受入体制」の危機

 報告会の冒頭、九州運輸局観光部国際観光課の横山健太氏は、本事業の趣旨を説明した。政府が掲げる「2030年訪日外国人旅行者数6000万人、旅行消費額15兆円」という目標達成には「リピーターの獲得」が不可欠であると強調した。

 

 九州には歴史、文化、自然といった豊富な観光資源が存在するが、その「本質的な魅力」を深く伝え、体験価値を高めるためには質の高いガイドの存在が欠かせない。ガイドの質は地域全体の印象や旅行者の満足度に直結し、滞在時間の延長や消費額の向上、再訪意欲の喚起へとつながるからだ。

 

 しかし、現場では需要に対してガイドの供給が全く追いついていない。「新規ガイドの育成」は急務だが時間を要する。そこで、即効性のある対策として「既存ガイド人材の有効活用」に白羽の矢が立ったのが本事業である。

 

「観光バスDX」の正体:Zoomと市販デバイスの組み合わせ

 今回の実証実験で採用されたシステムは、驚くほどシンプルかつ実用的だ。K-iTG専務理事の花野博昭氏による報告によれば、使用するのは専用の高級機材ではなく、市販のラップトップPC、スマートフォン、そしてWeb会議システムの「Zoom」である。

 

 仕組みは、先頭車両(1号車)にメインガイドが乗車し、PCからZoomをホストとして立ち上げる。後続の2号車、3号車では、PCやモニターをZoomに接続し、車内スピーカーから音声を、モニターに映像や資料を投影する。通信にはスマートフォンのテザリングやモバイルルーターといった一般的なインターネット回線を使用する。

 

 花野氏は「どこにでもある既存の機器、既存の回線を使用することが今回のシステムの肝だ」と語った。高額な専用システム導入ではなく、多くの事業者が既に保有するリソースを組み合わせることで、中小のバス会社や旅行会社でも導入しやすい「運用のしやすさ」を最優先した設計となっている。

 

現場での実証実験:山間部・トンネルでも音声は安定

 実証実験は9月2日、実際に貸切バス3台を連ねて実施された。行程は福岡市役所を出発し、西鉄観光バス車庫での接続講習を経て、太宰府天満宮、南蔵院、そして福岡都市高速を経由して百道へ至るルートである。

 

 検証のポイントは、移動中の通信安定性であった。特に懸念された山間部やトンネル内での接続状況、そしてバス同士の距離が離れた際の遅延の有無に焦点が当てられた。

 

 結果として、実証実験は成功を収めたと言える。花野氏の報告によれば、バス同士が離れて走行している状況下でも、概ね音声・映像ともに共有が可能であった。一部区間で映像の乱れは見られたものの、南蔵院へ向かう山間部の一般道トンネル内であっても、音声が途切れることなく配信できることが確認された。「ガイドの案内」において最も重要な音声情報が担保されたことは大きな成果だ。

 

 また、アンケート結果でも、関係者やモニター参加者の半数以上から好意的な意見が寄せられ、実用化に向けた手応えを感じさせた。

 

浮き彫りとなった課題:通信量と「サブ添乗員」の必要性

 一方で、明確な課題も浮き彫りとなった。最大のネックは「データ通信量」の問題である。高画質の映像と音声を長時間送受信し続けるため、通信データの消費量は膨大になる。実証実験中、1日のデータ通信量の上限に達するケースが確認された。これに対しては、通信プランの設定変更や、行程の途中で回線を繋ぎ直すといった運用上の工夫で解決可能との見通しが示された。

 

 また、運用体制における重要な知見も得られた。ガイドが乗車しない2号車以降の車両を「完全無人(乗務員のみ)」にすることのリスクである。機材の接続トラブルや、Zoomの音声不具合などが発生した際、運転士は対応できない。そのため、花野氏は「必ず新人ガイドやサブ添乗員などが同乗し、不具合対応にあたる必要がある」と指摘した。

 

 これは新人ガイドにとっては、ベテランガイドの案内をリアルタイムで聞きながら現場の空気を肌で感じる絶好のOJT(実地研修)の機会ともなり得る。単なる欠員の穴埋めではなく、教育ツールとしての側面も併せ持つことが示唆された。

 

All or Nothing」の危機を回避し、世界へ

 質疑応答では「双方向通信は可能か?」という問いに対し、「技術的には問題なく可能」との回答がなされた。これにより、1号車のガイドが2号車の乗客にクイズを出したり、質問を受け付けたりといったインタラクティブなツアー運営の可能性も広がる。

 

 花野氏が発した「ガイド不足は『All or Nothing』、つまり旅行自体が消失する事態になりかねない」という言葉は、現場の危機感を如実に物語る。ガイドがいないためにツアーが組めないという機会損失を絶対に回避するため、このDXシステムは極めて現実的な解となる。

 

 この取り組みの視線は既に世界へと向けられている。2026年2月、福岡にて「第21回世界観光ガイド連盟(WFTGA)福岡大会」が開催される。日本初開催となるこの世界大会のプレ・ポストツアーにおいて、本システムを用いた再実証が検討されている。

 

 そこでは、600人分という大規模なインカムを用意し、世界中のガイド関係者の前でこの「日本発・観光バスDX」が披露される予定だ。「日本でこのシステムを導入した事例はまだない。この実証実験を成功させ、世界にアピールしたい」と花野氏は意気込む。

 

 単なる人手不足の解消策にとどまらず、既存技術の組み合わせで新たな価値を生み出すこの取り組みは、地方観光のDXにおける一つのモデルケースとなるだろう。九州から始まる「ガイドの新しい働き方」に、今後も注目していきたい。

実証事業の報告会の様子(オンライン同時開催)

観光バスを利用したガイド人材の有効活用(DX化による)の資料一部

 
 
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