【学術×現場33】「木戸に立ち掛けし衣食住」 福島規子


福島氏

 旅館のベテラン接客係は、宿泊客の様子や態度にあわせて言葉を選びながら、顧客の気分を読みとり、顧客情報や好みを引き出していく。
 
 たとえば、お着きの呈茶時に、自家用車で来館した宿泊客には、「〇〇(周辺の観光名所)には、いらっしゃいましたか」「名物の、こぼれイクラの海鮮丼(仮)は召し上がりましたか」と尋ね、さり気なく旅程やお腹の膨れ具合を探っていく。そこで、「ランチは2時ごろに食べたばかり」と言われれば、遅めの夕食を案内し、「〇〇には、明日の10時までに行きたい」と言われれば早めの朝食時間を提案する。

 朝食がバイキング形式ではない場合、希望時間が8時に集中してしまうことがままある。顧客の立場を推察すると「何が何でも8時に食事をしないと気が済まない」という訳ではない。顧客同士が話し合っているうちに「じゃ、8時でいいか」と何となく決まってしまうことも少なくない。

 また、席数が限られている場合、ベテラン接客係に「8時はうちのお客さまが入るから」と勝手に席を押さえられてしまうこともある。そうなると、8時の席を取れなかった接客係は、再度、顧客のもとに出向き、謝罪をしたうえで空いている時間帯を案内する羽目になる。

 顧客は「何時がよいかと聞かれたから、希望の時間を言ったのに」と不満を抱き、かといって、「7時、7時半、8時、8時半の中からお選びください」だけではマニュアル的で温かみに欠けると評価する。

 ここで重要なのは、話の持って行き方である。

 夕食終了時に頃合いをみて、翌日の予定を尋ねながら「それでしたら、明日は早めの7時半ごろはいかがでしょうか」、あるいは、チェックアウトが11時であれば、「8時は団体のお客さまがいらっしゃいますので、遅めの9時でしたらゆっくりと召し上がれますが」と会話の中で誘導しながら時間を決めていくのである。

 冒頭にも述べたように、顧客の様子や態度を見極めながら、顧客自身に「自分で決めた」と納得させるのがプロの仕事、ワザである。つまり、接客のプロには、会話力が不可欠なのである。

 そのためには、顧客との何気ない会話力を上げることが先決である。会話力が身につけば、卓越した話術で顧客をコントロールしていくことも可能になる。

 そこで、話の糸口を見つけるためのヒントが「木戸に立ち掛けし衣食住」である。

 キ:気候
 ド:道楽(趣味)
 ニ:ニュース
 タ:旅
 チ:知人・友人
 カ:家族
 ケ:健康
 シ:仕事
 衣:ファッション
 食:グルメ
 住:住まい・地域

 ほかにも、水商売で使われている「適度に整理すべし(テキドニセイリスベシ)」がある。意味するところは、テ:テレビ、キ:気候、ド:道楽、ニ:ニュース、セ:生活・性、イ:田舎(出身地)、リ:旅行、ス:スター・スキャンダル、ベ:勉強、シ:仕事である。

 いずれにせよ、どの話題を選ぶかは相手の反応をみながら決めることだが、話題の引き出しは日々の会話で使いこなしてこそ磨きがかかる。積み重ねられた会話力は、やがてもてなし力を支える強固な土台となるに違いない。

 福島 規子(ふくしま・のりこ)九州国際大学教授・博士(観光学)、オフィスヴァルト・サービスコンサルタント。
     

 
 
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