エージェンティックAI(主体性を持つAI)、ソーシャルメディア、そして経済・地政学的状況は、旅行業界全体で懸念と期待の対象となっており、先週の The Phocuswright Conference でも議題として取り上げられた。
センターステージでのセッション、ネットワーキング、スタジオインタビューの合間に、参加者数名に現在進行中のトレンドについての考えを聞いた。各ステークホルダーにはひとつの核心的な質問を投げかけた――「いま、旅行業界で最も楽観視していること、そして最も懸念していることは何ですか?」
ネタばれすると、AIが共通の話題だった。
以下では、Priceline の Brett Keller、Rome2Rio の Wendy Olson Killion、HolidayPirates の David Armstrong などが意見を共有している。回答は明瞭さと簡潔さのために編集している。
Brett Keller(Priceline CEO、2026年に退任予定)
最も楽観的に見ているのは、テクノロジーへのアクセスだ。世界で最も強力な技術のいくつかを活用することが、ますます容易になっている。私たちの規模の企業は、必ずしも高度分野のAI研究者や専門知識を多く抱えているわけではないが、今では他社と同じ技術を活用できるようになっている。どれだけ早くそれを自社に取り込み、展開し、素晴らしい製品をこの分野でつくれるかは、私たち次第だ。そこに一番ワクワクしている。
一番懸念しているのは、世界中の誰もがまったく同じことをしようとする可能性だ。全員が成功するとは思わない。なぜなら旅行業界は、供給の集約、価格設定、カスタマーサービス、そしてそれらをまとめ上げることなど、非常にチャレンジングなエコシステムだからだ。しかし、それは業界全体を混乱させ、消費者を迷わせる可能性がある。
Ricarda Lindner(German National Tourist Board 米州・イスラエル地域マネージャー/German National Tourist Office U.S. ディレクター)
2026年に向けて、米国における文化旅行、料理体験、持続可能なモビリティへの関心の高まりを期待している。これらはドイツがすでにリードしている分野だ。新しいアトラクション、文化的に豊かな都市体験、強力な鉄道ネットワークによって、目的地としての魅力はさらに高まるだろう。
2026年の懸念は、経済的不確実性、変動する長距離旅行コスト、そして地政学的緊張が旅行者の信頼に与える影響に集中している。最優先事項は、信頼を維持し、価値を伝え、訪問者がドイツを安定的で歓迎的、そして豊かな探訪先として体験できるようにすることだ。
Lindene Cleary(Tourism Tasmania CMO)
私は、今日の旅行市場におけるタスマニアのポジションに非常に楽観的だ。現代の旅行者は、まさに私たちが自然に提供しているもの ― 本物の体験、土地と人との意味あるつながり、そして過度に観光化されていない場所 ― を求めている。個人的でゆったりした旅への強いニーズがあり、タスマニアはそれを十分に満たしている。私たちのスケールの小ささは強みで、訪問者は作り手と出会い、野性味の残る景観を歩き、他では再現できない体験を得ることができる。
懸念しているのは、旅行者がAIやアルゴリズム主導のレコメンドによって目的地を見つけるようになる中で、これらの特質 ― 個人的なつながり、真正性、タスマニアを特別な場所にしている人間味あるストーリー ― をどう伝えられるかだ。検索行動が進化し、AIが旅行計画のフィルターになる中で、テクノロジーが理解し伝えられる形で、タスマニアならではの魅力を示す方法を見つける必要がある。小規模でクラフト志向、深く個人的な観光提供が、スケールや量を優先しがちなデジタル環境の中で埋もれないようにしなければならない。
Mat Orrego(Cornerstone Information Systems CEO)
ビジネストラベルの世界に住んでいる者として、2026年に向けて、旅行と経費の領域がようやくデータの整理と接続に本腰を入れ始めていることに大いに勇気づけられている。旅行オペレーションでは、自動化、ワークフロー、エンドツーエンドの可視性が着実に進歩している。次の大きな試練は、大規模な買い手企業(large buyer organizations)が「コネクテッドトリップ」を「コネクテッドエンタープライズ」へと拡張しようとする際に、これがどうスケールするかだ。
企業は、構造、ガバナンス、透明性を備えた、AI対応のモダンなデータモデルへ移行しており、出張の目的についてより良い問いを投げることで、すべての旅行のビジネスインパクトとの紐づけを進めている。
これは健全な前進だ。しかし現実を見続ける必要がある。エージェンティックAIや大量自動化は、ガードレールがなければクラウドコストを高騰させ得る。また多くの組織はいまだ乱雑なデータや技術的負債に苦しんでおり、その上に構築されるAI施策を損なう可能性がある。さらにプライバシーやサイバーセキュリティの規制が厳しくなる中では、責任あるイノベーションが欠かせない。楽観すべき時期ではあるが、旅路を脱線させないための実務的な慎重さが必要だ。
Nick Whitfield(CityUnscripted 創業者兼CEO)
旅行者が効率だけでなく「意味のある旅(travel that feels meaningful)」を求めるようになっていることに楽観的な見方をしている。ランドマークを訪れたい気持ちは依然としてあるが、訪問地の本当の質感 ― 小さな発見、個人的な交流、つながりの感覚 ― を理解できる体験をますます求めている。このシフトは、量ではなく、本物らしさや深さ、人間的なつながりを重視する企業にとってチャンスを生み出す。
懸念しているのは、規模や自動化への過度な依存が、旅行を均一化し、画一的な体験に押し込めてしまうことだ。大規模プラットフォームがさらに巨大化する中で、業界が売りやすさを最適化するあまり、旅行者にとって最も意味のある体験や、目的地にとって持続可能な体験が後回しになるリスクがある。それは、オーバーツーリズムと文化の希薄化の両方につながり得る。
技術がパーソナライゼーションを高め、需要を分散させる方向に働くようにしなければならない。
Wendy Olson Killion(Rome2Rio CEO)
最も楽観的なのは、旅行者と業界が「移動そのもの」を再構築しようとしていることだ。いまは、どこに行くかと同じくらい、「どのように移動するか」を意図的に選ぶ時代になっている。鉄道、フェリー、バス、そして飛行機を組み合わせるマルチモーダルの旅の増加は、もっと深い変化 ― つながり、意識、創造性へのシフト ― を示している。これは、旅行者がより意図的に旅をすることで、目的地がより公平に発展できるチャンスが広がるという点で喜ばしい。アクセス方法がわかれば、未踏の目的地もポジティブな影響をもたらす形で訪問者を呼び込める。「意図的な分散(dispersion by design)」はサステナビリティだけでなく、発見の促進にもつながる。インスピレーションは火種だが、移動性は燃料なのだ。
懸念 ― そして業界全体にとっての機会 ― は、新しい旅行への意図に対して、インフラやデジタル面の整備が追いついていないことだ。人々を刺激することには成功したが、そのインスピレーションを実行に移すためのシームレスな手段はまだ十分ではない。AIは可能性を加速させるが、本当の価値は、信頼できる人間の検証データやローカル知識と組み合わさったときに生まれる。そうして初めて、情報が「自信」へ、自信が「移動」へと変わる。今の課題は、点をつなぎ、すべての旅を可視化し、実行可能にし、次世代旅行者の価値観と調和させることだ。
David Armstrong(HolidayPirates CEO)
AIが効率向上と成長をもたらす機会に非常に楽観的だ。私たちの事業では、消費者向けのAI機能にはあまり注力していない。複雑で個別性の高いニーズを完全に解決できる段階にはまだないと考えているからだ。
その代わりに、AIを調達、編集、パブリッシングの多くの領域で活用している(ウェブ、アプリ、ソーシャルチャネル)。要するに、AIはアウトプットを増やし、ユーザーに表示するコンテンツの関連性を高めるのに役立っている。
一番の懸念は、世界中で進行している紛争が、いくつかの地域の旅行に影響を及ぼしている点だ。現在も終わっていない(ウクライナ、ガザなど)紛争があり、今後勃発しそうな(ベネズエラ、メキシコなど)ものもある。他にもどこで何が起きるかわからない。政治的理由で、欧州から米国への旅行も打撃を受けている。
Kei Shibata(Venture Republic / Trip101 共同創業者兼CEO)
地域や世代を超えて、世界の旅行需要が引き続き力強いことに励まされている。インフレ、気候問題、地政学的混乱といった逆風があっても、消費者の旅行への意欲は驚くほど強い。
懸念しているのは、現在のAIブームの過熱だ。市場調整リスクだけでなく、旅行企業やスタートアップの多くが、コアバリューがAIに直接結びついていない場合、資金へのアクセスがさらに限定される可能性がある。そのダイナミクスは、業界のイノベーションを意図せず歪める可能性がある。




