
東京都内でJRや私鉄に乗るとつえを携えた人の姿が目につく。優先席までゆっくり進み、静かに腰を下ろす。駅の階段では手すりを頼りに上り下りする人もいる。筆者は幸い膝痛、腰痛には悩まされていないが、不安はある。
総務省によると、9月15日の敬老の日時点の65歳以上の高齢者は3619万人で、総人口に占める割合(高齢化率)は29.4%で、比較可能な1950年以降で過去最高を更新した。若者が集中する東京や大阪などの大都市ではまだしも、地方に行くともっと高齢者が多いように感じる。
ただ、元気なシニアが多いのも事実だ。そして、彼らの余暇の使い方の上位には常に旅行が顔を出す。50歳以上が利用できるJR東日本のお得な会員限定きっぷ「大人の休日倶楽部パス」の適用期間には、この切符を使って旅行するシニアが多い。
JRなどの交通機関も観光地もさまざまな割引やサービスを実施し、売り上げ増を期待している。筆者も東北地方のいくつかの温泉地の旅館からこんな話を聞いた。「大人の休日パスの実施期間はお客さまで混雑します。当館も満室です」。
しかし、こんな声も聞こえてくる。筆者が泊まった秋田県の海辺に立つ2階建ての温泉宿。高層マンションと見まがうような大型旅館とは違い周囲の自然とも溶け合うたたずまいだ。2階建てのためエレベーターが設けられていない。チェックインを済ませた老夫婦がスーツケースを持ち客室に向かう階段の前でため息をついていた。「駅でも跨線橋の上り下りに苦労したのに、ここでもまた階段なの」との嘆きが聞こえた。
また、こんな経験もした。濁り湯が売り物の温泉旅館に父と訪れた時、温泉好きの父が1度しかお湯につからない。その理由を聞くと「足元が見えないので転ばないか心配だ。ここの温泉のお湯は最高なんだけど、他のお客さんがいない時に湯につかり転んだりしたらと思うと入浴もためらってしまう」。
こうしたシニアの声が観光関係者に届いているのだろうか。もちろん施設側もシニア層は大事なお客さまであり、対策を講じている。例えば、大浴場に手すりを設けたり、館内の段差を減らしたりなどバリアフリー化を進めている。
ただ、前述したように館内にエレベーターとなると設置費用と月々のメンテナンス費用がかかるので、全ての旅館が可能とは言えない。駅の階段については、東京や大阪などではエレベーター、エスカレーターが簡単に見つかる。しかし、ローカル線はただでさえ収支が悪化し、廃線すら検討されている路線もある。そんな中で、バリアフリー対策に手が回るか疑問である。
大阪・関西万博効果もあって、今年度のインバウンドは過去最高を更新することは確実だ。その一方、オーバーツーリズムもますます過熱している。観光業界にとって、シニアとインバウンドは大きなマーケットである。持続的に発展できるサステナブル・ツーリズムや誰もが旅を楽しめるユニバーサル・ツーリズムを目指すうえで、大きな課題である。
(日本旅行作家協会常任理事、元旅行読売出版社社長)