【逆境をチャンスにー旅館の再生プラン 755】既成概念を疑う経営術(3) 青木康弘


逆境をチャンスにー旅館の再生プラン

 客層の転換を進めるうえで避けて通れないのが、現場の業務フローの見直しと組織文化の改革である。かつて団体客を中心に運営してきた施設では、効率を最優先にした業務体制が定着していることが多い。

 団体客向けに食事の提供や接客方法をマニュアル化し、一括で管理してきたことは、運営上、合理的だったといえる。しかし、これを個人客にも、そのまま適用してしまうと、画一的で機械的な印象を与えて、満足度の向上にはつながりにくい。個人客が求めているのは、柔軟な対応や温かみのある会話など、「人らしさ」が感じられる体験である。

 こうしたニーズの変化に対応するには、役職や勤続年数に関係なく、すべてのスタッフに対して経営方針と客層転換の意図を丁寧に共有することが欠かせない。経営者自身が朝礼や研修の場に立ち、「これからの旅館・ホテルに求められる価値とは何か」を、自らの言葉と態度で伝える姿勢が重要である。

 その際、視覚的に理解しやすいプレゼン資料を活用することが効果的だ。資料の構成としては、(1)業界を取り巻く環境の変化、(2)自館の現状と課題、(3)今後の戦略と重点施策、(4)客層転換の目的と狙い、(5)スタッフに期待する役割、(6)業務フローの変更案、という流れが望ましい。「地域に根ざし、時代に選ばれる宿を目指す」というビジョンを明確に伝え、スタッフがその担い手であることを実感できるよう導くことが大切である。

 変化を求めるべきは、新人ではなく、むしろ既存のスタッフである。「旅館の仕事はこうあるべき」「このタイプの客にはこう対応するのが普通」といった固定観念は、新しい挑戦を阻む最大の障害となる。特に調理や接客といった日々の業務の中には、見直すべき習慣ややり方が少なくない。

 たとえば、団体向けの宴会運営に慣れた厨房では、料理を一括で準備し、効率を優先するスタイルが今も多く見られる。しかし、個人客が重視するのは「効率」よりも、「演出」や「出来たての料理」といった体験そのものの質である。運営の都合を優先するのではなく、顧客の期待に応える方向へと、提供スタイルを柔軟に見直すことが求められている。

 旅館・ホテルの価値は、「どのような体験を提供できるか」で決まる。そのためには、現場の一人一人が「これまで通り」のやり方から一歩踏み出し、新たなニーズに応えられる柔軟性を身につけることが必要である。組織全体が変化を恐れず、段階的にでも前進しようとする姿勢こそが、これからの時代に選ばれる宿づくりの土台となる。
 

 
 
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