
クリスチャン・ボーダ―氏(アスコット・ジャパン代表取締役社長)らが登壇したパネルセッション
アジア太平洋地域を代表するホテル業界の国際カンファレンス「アジアホテル産業カンファレンス&展示会:AHICE(エーハイス)」が9月4日、グランドプリンスホテル高輪で「AHICE Far East Asia」として開催された。オーストラリアのホテル業界誌「HM マガジン」が主催するこのイベントは、国内外の主要ホテルグループ、投資会社、デベロッパー、オーナー、アセットマネージャーなど約250名が参加。基調講演やパネルディスカッションを通じて日本のホテル市場の現状と今後の展望について活発な意見交換が行われた。
日本市場の現状と投資状況
JLLホテルズ&ホスピタリティグループ副社長のロンカン・ヤン氏によるプレゼンテーション「2025年以降の日本の不動産市場の見通し」では、日本のホテル市場におけるトランザクション(取引)の状況が報告された。
2024年には大和のポートフォリオ買収やグランドニコ大阪などの大型案件が成立し、ホテルへの投資が大幅に増加。約9,880億円の取引があった。
2025年は前年と比較すると取引量が減少しているように見えるが、取引数自体は前年と変わらない。これは2024年のような大型案件が少なかったことが影響している。一方、ラグジュアリーホテルセグメントでの取引は増加傾向にあり、一部屋あたりの単価も上昇している。パフォーマンスの良さを示す指標となっている。
地域別では東京と大阪が非常に活発なマーケットで全体の約50%を占める。特に大阪は2023年からの伸びが顕著で、大阪万博への期待から価格上昇と売却が進んでいる。また投資家はリージョナルマーケットにも注目しており、福岡や札幌などの地方都市への関心が高まっている。
投資家のプロファイルとしては、国内外のコーポレート、プライベートエクイティ、REITなどが活発に活動。特に日本のオフィス不動産に対する投資が多く、JHRやオリックスなどがホテル案件を積極的に獲得している。
イールド(利回り)については、東京で3.5%から4%、大阪もほぼ同水準だが約25ベーシスポイントのプレミアムがある。他の地域では50〜100ベーシスポイント高くなっている。日本の借入コストの低さも投資魅力につながっている。
トップホテリエの視点
クリスチャン・ボーダ―氏(アスコット・ジャパン代表取締役社長)らが登壇したパネルセッション
パネルセッション「リーディングホテリエの市場予測」では、AHICEグループ会長でHMマガジン編集長のジェームズ・ウィルキンソン氏をモデレーターに、クリスチャン・ボーダ―氏(アスコット・ジャパン代表取締役社長)、ディーン・ダニエルズ氏(アコーホテルズ ジャパン代表取締役兼VPオペレーションズ)、マーク・ローナー氏(ファーイースト・ホスピタリティ COO)、ビクター・大隅氏(西武プリンスホテルズ&リゾーツ 米州地域プレジデント)らがディスカッションを展開した。
ジェームズ氏(=写真左)、大隅氏
ホテル&サービスアパートメントを展開するアスコット・ジャパンのボーダ―氏は「展開するサービスアパートメント(21軒)の6割はホテル利用なので、ホテルセクターを伸ばしていくことが重要な戦略になる。一度宿泊すれば長期滞在につながるようなアクションで成長を促している」と述べ、来年以降も軒数を増やす計画を明かした。
ボーダー氏
アコーホテルズ ジャパンのダニエルズ氏は、過去5年間で32軒から大幅に拡大し、そのうち約6割が買収物件だと説明。全国展開を進める中で、「ゴールドマンサックスなどと協力して既存ホテルを買収し、インバウンドの伸びと合わせて地方へ送客する」戦略を展開している。同時に国内客の取り込みにも注力し、楽天やJALとの戦略的パートナーシップを通じて各地方都市のホテルへの送客を強化していくとした。
ダニエルズ氏
ファーイースト・ホスピタリティのローナー氏は、2025年に日本で2つのホテルをオープンし、現在のポートフォリオは1000室に達していると報告。日本では本部に17名の専門家チームを配置し、シンガポール以外では最大規模の体制で臨んでいるという。2025年と2026年については「すべてのホテルが安定した成長を遂げており、ADR(平均客室単価)の上昇が要因となって利益も向上している」と述べ、今後も良好な見通しを示した。
ローナー氏
西武プリンスホテルのグローバル戦略
金田氏(=写真左)
西武・プリンスホテルズワールドワイド代表取締役社長の金田佳季氏も登壇。同社のグローバル戦略について語った。
現在、世界で83ホテルを運営しており、そのうち57ホテルが国内、26ホテルが海外。これにスキーリゾート10か所を加え、幅広いポートフォリオを持つ。
同社は長期戦略として現在の約80件から250件にホテル数を増やす目標を掲げており、そのうち約150件は海外展開を見込んでいる。特徴的なのは、グループの半数以上のホテルを所有している点で「これが我々の強み」と金田氏は強調する。
海外戦略については、「ラグジュアリーセグメントを増やしていきたい。日本のおもてなしを海外で展開したい」と述べ、ハワイやロンドン、ニューヨークなどで展開するホテルでは日本の特色を活かした差別化を図っている。ハワイのマウナケアビーチホテルはリピーター率が50%と高く、世代を超えて顧客が訪れる状況にある。
国内市場については、2025年のインバウンド数が3700万人と過去最高を記録したことに触れ、「政府は2030年までに6000万人を目指しており、これは達成できると思う」と展望。現在はインバウンドの60%以上が東京・京都・大阪に集中しており、一部ではオーバーツーリズムの問題も発生しているが、「日本には素晴らしい場所がたくさんある。6000万人を迎えるためには、東京だけでなく大阪、福岡、札幌など他の地域にも行ってもらう必要がある」と述べた。
人材面では、7000人以上の従業員を抱える中で「何よりも重要なのは、オペレーターとして人をどう採用し、維持するかということ。人材は最も重要な資産だ」と強調。AIやDXの進展についても「人に取って代わるものではない」との見解を示した。
地方の魅力を世界へ、温故知新の取り組み
松山氏(=写真中央)
温故知新CEOの松山和樹氏は、コンサルティング会社から星野リゾートを経て独立した経緯を説明。「この仕事は一生やっても飽きない仕事だと確信した。どんなにITが進展しても最後まで残る仕事」と述べた。
温故知新は15年前に温泉旅館の再生を目的に設立されたが、現在は「古いものを大切にして未来につなげていく」という理念のもと、各地域の歴史や文化を解説しながら発展させる取り組みを展開している。
松山氏は「日本の本当の魅力は東京や京都以外のところにある。江戸時代には約250の藩がそれぞれ独自の文化を育んできた歴史があり、それが今も各地で守られている」と指摘。現在の観光公害が問題になっている一方で、まだ外国人観光客が訪れていない地域も多く存在するとし、「地方の本当の魅力、本当の日本の姿を世界に発信し、外国人が来ていないエリアにどんどん来ていただくことが目指す姿」と語った。
新たな取り組みとして、富山県高岡市での『クラフトツーリズム』の事例を紹介。この地域には仏壇や「おりん」(仏具の一種)を作る職人が多く、その技術を活かした体験型のプログラムを展開している。例えば、おりんを体の上に乗せてその音を体に響かせるセラピープログラムや、職人との対話の場を提供しているという。
「高岡の職人さんは技術が途絶えることを悩んでいる。職人さんたちが自立してお金が回っていく仕組みを作るために、ホテルが中核になって職人さんに恩恵が行き渡るような仕組みを作ることで、古くから続いている技術を次の時代につなげていける」と松山氏は展望を語った。
AHICE Far East Asiaは2026年9月に東京での開催が決定しており、日本では3年連続の開催となる予定だ。
【kankokeizai.com 編集長 江口英一】