
国の補助事業で各地の温泉地に支援に入る日々です。
温泉地の皆さんがとりわけ私にアドバイスを求めるのは、「温泉地の魅力の掘り起こしと、それをどう伝えるか」です。
今回は伝えたい魅力は何か、そして広めるための手段について悩んでおられる読者に向けて、ヒントになればという思いで、つづります。
皆さん、「地域のオリジナル」をどのくらい意識されていますか?
どこかの観光地ではやったら、それをまねるのではなく、己が地域のシンボルや誇れるものを伝えてこそ、地域が光り、地域を愛してくれるファンを呼び込むことができるのです。他をまねていては、ファンビジネスは成功しません。むしろ、地域の価値を下げてしまいます。
温泉地の魅力発信の一つの事例として、山形県小野川温泉が起点となった「ご当地落語」をご紹介します。
発端は、コロナまん延中の2021年ごろ。旅館はガラガラで、落語家も落語会のようなイベントを開きにくい時期でした。双方にとってビジネスが成り立たないタイミングを、逆にチャンスにした企画です。
落語家に温泉地を題材にしたオリジナルの新作落語を依頼しました。
落語家に温泉地に4泊してもらい、観光地を散策し、地元の住民にインタビューも試みる。このような「取材」を元に、フィクションも加えながら、オリジナル落語を創作してもらいます。そして最終日には落語会でその新ネタを発表。実に濃い5日間です。
創作の過程は写真家が撮影し、SNSでも伝えました。落語家の滞在中の食事や散策の様子も動画で配信しましたので、旅がしにくいコロナまん延中だったこともあり、非常に好評だったそうです。
実は本事業は、観光庁の補助事業を活用しており、リード役の小野川温泉をはじめ、五つの温泉地で24席(24話という意味)の新作の「ご当地落語」が誕生しました。
立案・推進した「登府屋旅館」の遠藤直人社長はこう語ります。
「小野川温泉の場合、小野小町や伊達政宗、上杉鷹山といったゆかりの著名人は多数います」
「たとえば伊達政宗は23歳で落馬して骨折し、小野川温泉で湯治した。ここまでは史実。ですが、それ以上の史実はありません」
「その点、落語ならフィクションとして『伊達政宗が小野川温泉に入って、こんなことした』とか、『こんな出会いがあった』など、ディテールを創作できるので、話が広がるのです」
遠藤社長は、史実にフィクションの要素を加えられる落語は、地域の魅力を広く伝えられると確信しています。
「温泉地によっては、長い歴史はあるもののエピソードが少ない場合もあります。その際、フィクションを加える手法は効果的です」
この取り組みは継続しており、24年には、五つの温泉地に仙台を加え、南東北3県で「ご当地落語」ツアーを開催しました。
「作ってくださった落語家さんも、東京をはじめとする各地で『ご当地落語』を演じてくださると同時に、訪れた地域の話もしてくださるので、広告効果が高いんです」と遠藤社長は自信をみせます。
さらに広がりを見せた要因をもうひとつ。「ご当地落語」の公式サイトでは、それぞれの落語の台本を公開し、悪用しなければ誰もが演じていいという仕組みです。
「ご当地落語」は、温泉地と落語家が一体となって、手間暇かけて創作しているのがポイントです。この労力を成果につなげるためには、なんといっても継続すること。繰り返し繰り返し、落語を披露していくことでしょう。
(温泉エッセイスト)