ユネスコ無形文化遺産の登録実現へ「温泉文化大使」に聞く 大阪屋ひいなの湯 代表取締役社長・利光伸彦氏


利光伸彦氏

利光伸彦氏

 温泉・旅館関係者や、温泉地を有する都道府県などは、「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産への登録を目指している。「温泉文化」ユネスコ無形文化遺産全国推進協議会は、登録への機運醸成に向けて、各界の有志を「温泉文化大使」に任命している。登録の実現を応援している観光経済新聞は、「温泉文化大使」に任命されている旅館・ホテル経営者、女将らにインタビュー。「あなたが思う『温泉文化』とは」「『温泉文化』継承の課題は」、そして、登録実現に向けた抱負について聞いた。

温泉文化広める貴重な機会

 ――利光社長は和歌山県旅館ホテル生活衛生同業組合の理事長を務めている。和歌山県における「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産登録への活動状況は。

 登録実現に向けて政府にユネスコへの提案を訴える署名活動を進めている。全旅連が事務局を担う全国推進協議会では、全国の温泉地や行政、企業、団体などから100万筆の署名を集めることを目標にしている。和歌山県の組合では、幅広い関係者を巻き込み、すでに2万筆ぐらいの署名を集めたところだ。

 早期に登録を実現するには、さらなる機運醸成が欠かせない。ユネスコ登録は、日本の温泉文化、各地域の温泉文化を世界に発信する絶好の機会だ。署名活動は、温泉旅館の経営者自らが積極的に取り組むべきだろう。宿泊業界や観光業界、温泉地において、登録への機運が盛り上がらないとしたら、それはユネスコ登録を自分事と捉えていないからだ。

 そこで和歌山県の組合では、宿泊事業者にとどまらず県内の幅広い関係者に署名を呼び掛ける際、独自の文書を作成した。その文書には和歌山県における登録の意義、和歌山県にとってのメリットを示し、自分事として考えてもらうよう工夫した。

 ――和歌山県における登録の意義、メリットとは。

 ユネスコ登録の目的は、あくまで日本固有の文化である「温泉文化」を守り、未来へとつないでいくことだ。つまり無形文化遺産の保護、継承のためだが、同時に、和歌山県の温泉文化について国内外に知ってもらう貴重な機会になり得る。

 環境省のまとめによると、和歌山県の源泉数は508カ所に上る。この数は近畿、中国、四国の15府県で最多。西日本では大分県、鹿児島県、熊本県に次ぐ源泉数の多さだ。しかし、全国的にはあまり知られていない。「温泉文化」の登録に率先して取り組むことで、和歌山県の温泉に目が向くようになるのではないか。

 ――和歌山県は源泉数だけでなく、ユニークな温泉が多い。

 私たちは、和歌山県を「温泉の聖地」としてアピールしている。例えば、”日本最古の温泉”といわれる湯の峰温泉、その中でも熊野詣の湯垢離場として参詣者たちが身を清めてきた「つぼ湯」は、世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の構成資産だ。この地を舞台とする小栗判官の伝説は、浄瑠璃や歌舞伎の演目としても有名で、”よみがえりの地”和歌山を象徴している。古くから温泉が人々の心身を癒やしてきた証であり、温泉は暮らしや生業、芸能などと密接な関係にある文化であることが分かる。

 この他にも和歌山県には、川原を掘れば湯が湧き出す川湯温泉、日本最大の天然洞窟温泉があるホテル浦島の忘帰洞、”日本三古湯”として知られる白浜温泉、”日本三大美人の湯”の龍神温泉、pH10・1の強アルカリ性単純泉の日置川の温泉、保湿効果が高いとされる炭酸水素塩泉の湯川温泉、湯治場としても人気の椿温泉、温泉マニアに有名な花山温泉、そして当館がある紀北地区の加太温泉など、個性的な温泉がたくさんあり、それぞれに文化を育んできた。

 これら県内各地に息づく地域固有の温泉文化を守り、次代に引き継いでいくには、国内だけでなく、世界に知ってもらう必要がある。「温泉文化」のユネスコ登録が実現すれば、和歌山県が日本でも有数の温泉県であることに、世界の注目が集まるようになるかもしれない。他県にもそうした可能性があるので、それぞれの地域の温泉に関する歴史や物語を深掘りし、新発見、再認識することで機運が盛り上がり、署名活動の輪が広がる。

地元の良さ伝える宿の力に

 ――全国的には温泉旅館の倒産、廃業なども相次ぎ、温泉文化の次代への継承には課題が多いのが実状だ。

 地方を中心に人口減少や少子高齢化が進んでいる。人手不足や後継者不在に悩む温泉旅館は少なくない。温泉旅館は家業的な経営が多い。それゆえに、途切れることなく経営を続け、温泉文化を守ってきたともいえる。しかし、ライフスタイルの変化やコロナ禍などもあって、経営環境は厳しい。人材の育成・確保、事業承継、M&Aなど、多くの課題に温泉旅館は直面している。

 当館も二百数十年の歴史があるが、私たち温泉旅館というのは、簡単に他所に移ることはできない。温泉があるとか、何らかの魅力があるから、そこに宿がある。なぜそこに宿が存在しているのかという存在意義をもう一度確認する必要がある。そこには温泉文化を含めて、何かが絶対にあるはず。それをど真ん中に据え、地域に根ざし、個性を大事にした経営を続けていくことが重要だ。温泉文化を守り、その他の魅力を含めて地元の良さをしっかりと旅行者に伝え、感じてもらう。それが私たちの使命だろう。「温泉文化」のユネスコ無形文化遺産への登録を実現し、次代への力にしていきたい。

海に沈む夕陽を望む、大阪屋ひいなの湯の「露天舟風呂」
海に沈む夕陽を望む、大阪屋ひいなの湯の「露天舟風呂」

【聞き手・向野悟】

 
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