
(=写真左から)掛江、清水、玉井、永山、亀岡の各氏
改正旅館業法への対応
改正旅館業法が2023年12月13日に施行された。宿泊拒否事由にカスタマーハラスメントに当たる特定の行為が追加されたほか、感染防止対策の充実などが盛り込まれた。宿泊業界の要望が受け入れられた部分もあるが、現場での運用における不安、積み残した課題がないわけではない。そこで新年号の座談会のテーマに改正旅館業法を取り上げた。ファシリテーターは、厚生労働省が設置した「旅館業法の見直しに係る検討会」と「改正旅館業法の円滑な施行に向けた検討会」の両方で座長を務めた玉井和博氏(立教大学観光研究所特任研究員)。両検討会に委員やヒアリングの意見発表者として参加した全日本ホテル連盟会長の清水嗣能氏(ホテルリバージュアケボノ)、日本旅館協会政策委員長の永山久徳氏(下電ホテルグループ代表)、日本ホテル協会専務理事の掛江浩一郎氏、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会専務理事の亀岡勇紀氏にお集まりいただき、意見交換していただいた。(東京都千代田区の帝国ホテル東京で)【向野悟、江口英一】
(=写真左から)日本ホテル協会専務理事 掛江浩一郎氏、全日本シティホテル連盟会長 清水嗣能氏、立教大学観光研究所特任研究員 玉井和博氏、日本旅館協会政策委員会委員長 永山久徳氏、全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会専務理事 亀岡勇紀氏
カスハラで宿泊拒否、感染症対策も明確化
検討会を振り返って
玉井 「旅館業法の見直しに係る検討会(以下、見直しに係る検討会)」(2021年8月~22年7月)は、基本的には新型コロナウイルスを踏まえた感染症への対応が検討課題だった。それに対して旅館業法第5条の宿泊拒否制限の是非を中心に今日ご参加の各宿泊団体そして各障害者団体からご意見をいただいた。結果として第5条は削除されなかった。見直しに係る検討会では、カスタマーハラスメント(以下、カスハラ)の特定要求行為だけでなく、感染防止に協力が得られない場合にも宿泊を拒否できるとする答申を出し、法案提出されたが、衆参両院では、感染防止の協力に応じないことのみをもって宿泊を拒否できない、などとする修正案が出され、国会で成立した。改正法の成立を受けて指針などに定める内容を議論したのが、皆さんに委員としてご参加いただいた「改正旅館業法の円滑な施行に向けた検討会」(以下、施行に向けた検討会)(23年7~10月)であり、その検討の結果、指針(「旅館業の施設において特定感染症の感染防止に必要な協力の求めを行う場合の留意事項並びに宿泊拒否制限及び差別防止に関する指針」)も定めることができた。
はじめに検討会に参加したご感想を伺いたい。
【ファシリテーター】立教大学観光研究所 特任研究員 玉井和博氏
清水 感想として四つ挙げたい。一つ目は、宿泊拒否の規定が乱用されて差別につながるのではないかという懸念が個別にヒアリングした障害者団体の間から示されたこと。二つ目は、改正旅館業法をスムーズに施行するには、宿泊業団体と宿泊者が互いに理解を深めて着地点を見つけることが重要ということ。三つ目は、見直しに係る検討会では感染症対策やカスハラ対応として宿泊拒否ができないかとの問題意識であったが、施行に向けた検討会では差別防止の問題に議論が集中した。四つ目には、今回の一連の動きを通じて、宿泊業団体の結束の必要性を改めて強く感じた。
全日本シティホテル連盟 会長 清水嗣能氏
永山 第5条の問題は、以前から「足かせ」と考えていたが、コロナによってさまざまな課題が噴出した。例えば、当時、海外からの帰国者の宿泊を断ってはいけないとわざわざ通知が出た。医師の応召義務やタクシーの乗車拒否は柔軟に対応されていたようだが、宿泊拒否については理解してもらえなかった。
法改正では、感染症対策だけが論点になりそうだったので、ヒアリングの際、カスハラの問題を訴えた。法改正によって一定の成果は得られたが、最終的に目指すところは契約自由の原則だ。これは宿泊業界も適用されてしかるべきものだ。次の段階で議論してほしいと考えている。
また、障害者団体の宿泊拒否に関する強い懸念については、そうした懸念を解消するのも宿泊業界の責任で、不安を払拭(ふっしょく)しない限り、次の段階には進めない。差別防止の問題には身を引き締めて取り組みたい。
日本旅館協会 政策委員会 委員長 永山久徳氏
掛江 見直しに係る検討会では、当協会の里見雅行副会長がヒアリングに臨み、感染防止に協力が得られない場合の宿泊拒否や、通達や条例で定める宿泊拒否事由の法令上の明確化などを要望した。
施行に向けた検討会には私が委員として参加し、大きく2点を訴えた。1点目は感染症対策。コロナ下ではマスクの着用などの感染防止に協力してくれない宿泊客の対応に苦労したことから、現場のスタッフが困らない仕組みを要望した。2点目はカスハラへの対応で、スタッフが長時間拘束されてメンタルをやられてしまうという例が少なくないので、具体的な事例を指針に盛り込んで現場で使えるようにしてほしいとお願いした。結果として、感染症対策、カスハラの両面でかなり前進したと評価している。
また、皆さんの発言と重複するが、宿泊業界はお客さまとスタッフを守るために柔軟な宿泊拒否ができるようにと主張したわけで、それを利用して障害者などの宿泊を拒否するなどという考えは毛頭ない。ところが、障害者団体の懸念が強く戸惑った。この両検討会が相互理解進展のきっかけになればと考えている。
日本ホテル協会 専務理事 掛江浩一郎氏
亀岡 見直しに係る検討会には当会の多田計介前会長が委員として参加したが、宿泊業界の委員は一人だけだった。複数の委員を出し、業界の意見がさらに幅広く伝えられると良かった。会長が井上善博会長に代わり、宿泊業界の委員を複数出すように求めてきた。結果、その後の施行に向けた検討会には私を含めて宿泊業4団体の委員がそろうことができたので、さまざまな角度から議論ができた。
施行に向けた検討会には、とにかく旅館・ホテルの現場に混乱が生じないよう、改正法がスムーズに運用されるように、という姿勢で臨んだ。カスハラはどのような状況が宿泊拒否の対象なのか、感染症の対応はどう判断すればいいのか。実際の対応には課題はあるが、周知や研修を通じて現場に混乱が起きないようにしたい。
宿泊業は成長産業で、インバウンド消費を輸出額として見ると、自動車、化学製品に続く位置におり、注目されている。若い人が多く働いている産業でもあるのに、カスハラなどが理由で辞めてしまう例もあると聞く。そうしたことはあってはならない。従業員の働きやすさにつながることも期待している。
全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会 専務理事 亀岡勇紀氏
感染防止の協力要請
玉井 改正旅館業法では、宿泊拒否事由の一つに「特定感染症の患者等であるとき」と明確化された。状況に応じて感染防止に必要な協力を求められることも定められた。感染症対策についてご意見をお聞かせいただきたい。
清水 今後も感染症の流行は起こり得るので、宿泊業界として準備する必要がある。新型コロナウイルス感染症のような混乱を繰り返すべきではない。旅館業法が改正され、指針ができたが、現場の対応はかなり難しい。感染防止の協力要請の際にも、特定感染症の有症状者か、特定接触者か、患者等か、その他なのかで求める内容が違う。客室での待機が求められる場合もあるが、宿泊料や消毒費用などの負担はどうなるのか。結局は、保険などで対応していかざるを得ないと思うが、保険料を宿泊施設が払わなければいけないのかなど、さまざまなケースを含め、より具体的に詰めていくことが今後も必要だろう。
永山 改正前の第5条では宿泊拒否事由の一つが、「伝染病の疾病にかかっていると明らかに認められるとき」となっていた。私たちは医療関係者ではないので、事実上判断できなかったが、今回の改正で、例えば、特定感染症の患者、国などが国内発生を公表した期間など、要件が絞られた。これまで実効性がなかったので、そこは進歩だが、現実的には特定感染症の患者でもすぐに宿泊を拒めるわけではなく、丁寧に説明し理解を得る必要がある。そうした部分が現場任せになってしまったのは残念だ。
亀岡 現場でどうやって判断するんだろうということに尽きる。コロナの感染拡大がピークの時、保健所に相談しようにも、なかなか電話がつながらない時期もあったと聞く。もとより保健所が夜間などに対応してくれるのかという問題もある。そんな状況で宿泊施設は本当に判断できるのだろうか。そこが積み残した課題になっている。
玉井 業界団体に相談窓口を設置するという提言もあったが、可能だろうか。
亀岡 全旅連は生活衛生関係の法律に基づく唯一の宿泊業団体で、設置を求められれば検討せざるを得ないが、宿泊業界で相談窓口を設けても、準備したQ&Aに基づく対応となり、最後は宿泊施設の判断に委ねられる。判断が難しい場合は、保健所に相談することになる。ただ、保健所の態勢の問題に加え、保健所というのは疾病の予防や衛生の向上が専門で、宿泊施設のことが十分に分かっているわけではないので、その中間に立つ存在がないと、この問題はいつまでも解決しない。
掛江 現場対応の観点では、結局、感染防止の協力に応じないことのみを理由に宿泊を拒否できないことになった。では、その時、どうするかが問題だ。指針の中でも、対応に困った場合は保健所に相談するとして、現場に委ねる形になってしまった。また、特定感染症の患者であっても、医療機関が逼迫(ひっぱく)して入院調整に時間を要する場合は客室で待機させることが望ましいとされたが、そもそも医療機関の逼迫が生じないよう、国や自治体が責任を持って態勢を整備すべきで、宿泊業界にその責任を転嫁されても困ってしまう。
玉井 本来、医療と宿泊は基本的にまったく別の問題。医療機関、保健所の有識者の間にも、これは宿泊業界に押し付ける問題ではなく、医療体制の問題だと指摘する方もいた。そういう中で宿泊施設がどう判断し、どう対応するのかは、未整備の部分があるので、次の段階において検討を加えなくてはならない。
障害者差別解消法が改正
玉井 旅館業法の改正に当たっては、みだりに宿泊を拒むことがないよう差別防止の徹底ということが重視された。4月1日には、改正障害者差別解消法が施行されるというタイミングでもある。
永山 全旅連の会員へのアンケート結果にも表れているが、宿泊事業者が障害者差別解消法などの法律を十分に理解していない実態がある。現場の理解が進まない状態では、障害者団体から問題視されるようなケースが出てきかねない。改正障害者差別解消法には当然のことが書いてある。合理的配慮の提供というと言葉は厳しいが、きちんと読み込むと、一定の範囲内であれば、対応できないことはできなくていい。ただし、きちんと説明して対話できるかどうかがポイントだ。そこはしっかり対応すればいいのだが、法律を理解しないままで対応するというのは問題だ。
掛江 おっしゃる通りだ。障害者差別解消法は、合理的な配慮をしましょうということだから、過重な負担であれば、できなくても仕方ない。ただし、当館のルールだからと個別の事情を何も聞かずに一方的に拒むことは許されない。この部屋だったら対応できますとか、代わりにこうしたサービスなら提供できますとか、いろいろな対応があると思うが、そうした建設的対話が必要とされる。宿泊業界としてよく理解しなくてはいけない。
亀岡 4月の施行を控えて、宿泊業界の理解が進んでいないというのは問題だ。団体として周知していかないといけない。全旅連では、改正旅館業法の勉強会をオンラインで開催したが、改正障害者差別解消法についても、勉強会を開いて、旅館・ホテルの皆さんに理解を深めていただきたいと考えている。
清水 23年9月に私の地元の福井で全国ろうあ者体育大会が開催された。その選手たちが当館に宿泊される時には、客室のテレビに字幕が出るように調整するとか、事前にいろいろな対応を行った。お客さまの事情が事前に分かっていれば、できることは、こちらの方から進んでやる。事前に確認していただければ、当館にはここに段差があるとか、間口がこれぐらいだとか、説明できる。到着してから言われると、余裕のある時には対応できても、そうでない時には対応できない。
玉井 清水会長がお話しになったことでポイントになるのが、宿泊施設側がお客さまの情報をいかに収集できるかという問題と、お客さまのプライバシー保護という問題だ。施行に向けた検討会でも議論になったが、全てを解決できる良い案は出てこなかった。
永山 非常に難しいところだが、事前に情報がないと対応できないことはたくさんある。プライバシーに踏み込むわけではないが、何らかの配慮が必要な場合、ある程度、その理由も含め情報を提供してもらわないと対応できない。
玉井 各施設は事前に電話やメールで対応していると思うが、事前質問のフォーマットみたいなものを作れないかと考えていた。しかし、プライバシーの侵害という部分があって具体化できなかった。
永山 こういう状態だから、こうしてほしいと事前にお話しいただけるお客さまもいる。一方には、それを言うと、宿泊を断られるのではないかという不安があるのかもしれない。そんなことはあり得ないのだが。
清水 障害者の皆さんにも切実な思いがある。今回の検討会を通じて、貴重なご意見を伺った。差別やバリアの解消が進むように、国の方針に従って業界全体が積極的に取り組む姿勢が大切だ。
玉井 宿泊施設の業態や規模の違いもあり、どこまでの対応を要求できるのかという問題はある。このレベルの施設はここまで対応できるというようにすると、格付けのようなことになってしまいかねない。
掛江 宿泊施設ごとに建物や人員の配置が違う。お客さまのニーズもさまざまなので、格付けは容易ではない。検討会で障害者団体の方がおっしゃっていたのは、何ができるのか、どういうふうになっているのか、情報を開示してほしいということ。例えば、ドアの広さが何センチだとか、段差がどうなっているとか、どういう状況かをホームページなどで開示することが大事なのではないか。
玉井 皆さんの団体は今後、会員に向けて情報提供や研修を実施していくと思うが、各団体に加盟していない宿泊施設には、法律を理解していないところもあるのではないか。そうした施設が問題を起こすと、宿泊業界全体に厳しい目が向けられる。
清水 お客さまの安心、安全の確保のためにも、業界団体に加盟して、社会的課題に取り組むことが求められる時代になっていると思う。
掛江 会員以外への対応は難しいが、日本人のマーケットを考えた場合、これから高齢者がさらに増える。当然、車いすを利用される方や、体が不自由という方も多くなるわけで、そうした方に対応できないという施設は、大事なお客さまを失うことになる。賢明な対応ができない宿泊施設は、長期的にはうまくいかなくなるのではないか。
玉井 一方、視点を変えれば、宿泊業はじめサービス産業では、その当事者の周囲にいる他のお客さま(第三者)の意識と反応も重要なポイントとなる。つまりこの問題は産業界と併せ、社会(利用者側)の価値観も変わらないと、どうしてもミスマッチが起きてしまう。そういう意味では、LGBTQの問題なども含めて、新しい価値観にどう対応していくべきか、別の段階で社会の価値観を変えていく努力が求められる。宿泊業界だけで議論しても解決しないが、観光立国を目指し基幹産業となるためにも、宿泊業界は一丸となって、これからも常に社会にメッセージを発信し続け、課題に対応しながら、前に進む努力をしていかなければならない。
カスハラへの対応
玉井 カスハラについては、特定の要求を行った者の宿泊を拒否できるようになった。この点は。
掛江 少なくとも特定要求行為について宿泊拒否ができることになり、かつ、その具体的な事例を多く明示してもらえたことは歓迎できる。特に、スタッフがクレーマーに長時間拘束されるということが現場で一番困ることだったので、対面か電話かを問わず長時間にわたって不当な要求を繰り返す行為が、特定要求行為として明示されたことは非常に意味がある。加えて、従来から宿泊拒否事由だった5条1項2号の「違法行為」などについて、指針で具体的なケースを列挙してもらった。現場で運用しやすくなるのではないかと期待している。
永山 カスハラは求職者が宿泊業を敬遠する要因の一つで、人手不足にもつながっていた。お客さまとのトラブルに嫌気がさして辞めてしまった人はたくさんいる。そういう意味では、今回の法改正によって、雇用の安定化につながる安心材料が少し増えた。改正法の趣旨や指針をしっかり周知していきたい。
亀岡 カスハラかどうかの判断は難しいので、宿泊施設が混乱しないよう、厚労省とやり取りして、研修用のパンフレットや周知のためのポスターを作っていただいた。
一方でカスハラの特定要求行為に当たらないケースに注意が必要だ。具体的には、障害者が社会的障壁の除去を求める場合や障害の特性によることが把握できる場合などだ。これらはカスハラの特定要求行為に当たらないが、ここを正しく判断できるかどうか心配だ。例えば、フロントで大声を出された場合など、それが障害の特性によると把握できる場合だったとしても、それをカスハラと判断して宿泊を拒否したら旅館業法違反になる可能性がある。事故が起こらないよう、業界団体として会員に周知していく必要がある。
永山 事例の蓄積が重要だと考えている。指針ではさまざまな事例や要件を挙げていただいたが、サービス業の現場はそんなに簡単なものではない。文章に表せるものだけではないので、協会としても事例収集をとにかくやろうという話をしている。拒否した事例、逆に拒否できなかった事例、悩んだ事例、何でもいいからとにかく集めて、そこで今回の指針が正しかったのかどうかを検証しないといけない。一歩前進ではあるが、感染防止の協力の部分も含めて、事例を現場から収集することが重要になる。
清水 カスハラに対して何が必要かというと、一つは従業員に対してのマニュアルの整備だ。皆さんがおっしゃられたように、どういう場合にどうするんだということを蓄積して整備する。これは業界を挙げて作っていく姿勢が必要ではないか。もう一つはお客さまに対しての宿泊約款の対応だ。改正旅館業法の施行に併せて改正された観光庁のモデル宿泊約款を参考にして、各施設が宿泊約款を速やかに改正する必要がある。その上で、宿泊拒否などに関する事例を積み重ねる。ただ、対応が法に照らして本当に妥当だったのかどうかは、最後は裁判による判断に委ねないと分からないのではないか。
玉井 残念ながら宿泊業界には、裁判沙汰にするのは嫌だから、カスハラなどに対しても、泣く泣くそれを受け入れて解決してきたという経緯が少なからずあった。そのほうがコストもかからないし、評判にも傷がつかないからだ。ただ、いろいろな問題が起きる中で、今回ようやくカスハラを宿泊拒否事由に追加することができた。
清水 今回の旅館業法改正に関するマスコミや社会の反応というのは、宿泊拒否の規定そのものに対するというより、カスハラの悪質性のほうが大きくクローズアップされているような気がする。
永山 おおむね世論は、宿泊施設がカスハラを宿泊拒否できるようになったことに好意的だと思う。社会通念というのは変わっていく。こうした社会通念の変化は、裁判においても有利に働く可能性がある。社会が容認できるレベルの変化が判例から分かると言うべきかもしれない。ただ、実際に訴えられた宿は大変だ。宿泊施設は宿泊を拒否した場合には、その理由や経過を記録し保存することになっている。そうした記録を宿泊業界としても収集し、合理的な対応を探っていくべきだ。
玉井 指針に対するパブリックコメントなどを見ても、カスハラの問題では、宿泊業界に好意的な意見が多かった。全体的に利用者のモラルや良識に委ねる部分が多すぎるという意見もあった。ホスピタリティという概念とサービスという概念は基本的に違うものだ。宿泊拒否の制限に関しても、ホスピタリティ的な精神を宿泊業界の側に押し付けるような形で議論が進んできた。本来サービスというのは対価と表裏一体であるが、日本の場合、サービスという概念を非常に曖昧に捉えている。日本人の国民性やおもてなしは、世界から評価されるところでもあるが、きちんと整理していきたい。もちろんホスピタリティで対応すべき部分も必要だが、サービスの概念であれば対価が発生する。そこに経営やマネジメントの概念が生まれてくる。宿泊業界で何とかしてくださいと期待するのは、良し悪しとは別に、日本社会の独特なところだ。参考までに、トラブル解決手段として「裁判外紛争解決手段(ADR)」があり、立教大学などが対応機関となっている。
清水 「お客さまは神様です」という有名な歌手の言葉もあるが、お客さまと営業者は契約当事者として対等だ。旅館業法に関していえば、差別の防止、解消というのは当然のことだとしても、基本的には、契約自由の原則の下で、それぞれの宿泊施設が自館のコンセプトに見合ったお客さまに選択していただけるようにしてほしい。戦後の宿泊事情の下で一律に宿泊契約締結義務を課した法制度は、将来的に見直すべきではないか。これからの議論に期待したい。
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