【駅メロ とわずがたり 12】JR水沢江刺駅 モノクロの世界に鳴り響く「君は天然色」 藤澤志穂子


 JR水沢江刺駅は、東北新幹線の各駅停車しか止まらない地味な駅である。流れるのは大瀧詠一(1948~2013)の代表曲「君は天然色」で2020年10月から。筆者が降り立ったのはみぞれ交じりの雪が降る昨年12月30日、奇しくも大瀧の命日だった。乗降客も少ない寒冷地のホームで突然、鮮やかに鳴り響くメロディは、作詞家の松本隆さんが書いた詞のように、モノクロの世界がパッとカラーに切り替わるような印象すらある。

 この地、岩手県奥州市は大瀧が生まれ、学齢期までを過ごした街だった。駅構内には軌跡を紹介するコーナーがあり、直筆サインやレコードなどが展示されている。来訪者向けの雑記帳が置かれ、書き込みを見ると、全国各地からファンが集まり、メロディを歓迎していることが分かる。

 実現に奔走したのは、地元住民で構成された「大瀧詠一応援団」。中心は元水沢青年会議所理事長で、ジャマイカ料理店を経営する石川悦哉さん(写真)。全国各地の「駅メロ」に憧れ、東京まで聴きに行って「街おこしの切り札は大瀧しかない」と決意、各方面に働きかけを始めた。

 サポートしたのが奥州市議で印刷会社経営の高橋晋さん。高橋さんは大瀧の熱烈なファンで、学生時代から40年来、岩手と大瀧の関わりを研究、本人が生前に評判を聞きつけて、会いに来ようとしたほどのマニアだ。高橋さんは駅構内に置かれた素材を全て提供、「大瀧さんの母は教員で公務員でした。当地では比較的裕福な家庭で、子供の頃からレコードを買い与えられ、音楽の素養が培われたのでしょう」とみる。

 「応援団」は2019年から署名運動を始め、約5千筆を集めて奥州市に2020年1月に提出。同年夏には奥州市内の施設で大瀧の七回忌追悼展が開催され、期間中に全国から5万人以上の来場者を集めた。こうした実績から最終的にJR東日本も導入を決定。同年10月1日のセレモニーでは石川さんが一日駅長を務めた。松本隆さんは花束を贈り、ツイッターで紹介、「空の上の人は聴いているかな」とつぶやいた。大瀧の遺族も好意的という。

 奥州市は旧水沢市、旧江刺市など5市町村が合併して2006年に誕生、WBCで大活躍したメジャーリーガー大谷翔平さんの出身地でもある。市内唯一の新幹線駅が水沢江刺で、駅前には南部鉄器の巨大な像がそびえるが、観光スポットは国立天文台水沢キャンパスを擁する奥州宇宙遊学館か、レトロな水沢競馬場くらいと決め手に欠ける。1日の乗降客は隣の一ノ関駅の半分以下だ。

 「でも何事もあきらめちゃいけない」と石川さん、経営する店では大瀧の代表曲の一つ、「恋するカレン」に引っ掛けた「恋するカレーパン」を販売して盛り上げる。夢は大瀧の銅像や記念館の設立までもと広がっていく。

 ※元産経新聞経済部記者、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。

 
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