【駅メロ とわずがたり 7】JR谷保駅 ”千鳥”が安らげる「スナック水中」 藤澤志穂子


 東日本最古の天満宮とされる東京都国立市の谷保天満宮は、学問の神・菅原道真を祭る。受験シーズン本番を控え、合格祈願の参拝客でにぎわっている。一橋大学を擁する学園都市・国立のもう一つの顔でもあり、付近には小ぢんまりした古書店やカフェも点在、サブカルチャー的な雰囲気も漂う。その最寄り駅であるJR谷保駅のメロディは童謡「浜千鳥」。浜辺にさまよう千鳥が親を探して鳴く様子を、もの悲しくも優しいメロディで歌っている。

 そんな“千鳥たち”が羽を休める「居場所を作りたい」と、駅から徒歩5分ほどの場所に、一橋大を卒業したばかりの坂根千里さんがスナックを開いたのは2022年4月。アルバイト先で、オーナーが体力的に続けられなくなった店を「ママ」として引き継いだ。その「スナック水中」=写真、名前には「水の中を漂うように楽しんで明日に向かって再浮上していく場所」という願いを込めた。改装資金はクラウドファンディングで集め、同世代のスタッフたちと切り盛りする。酒ビジネスはもちろん素人だが、勉強を重ね、さまざまな銘酒も紹介していく努力は怠らない。提供する軽食はスタッフお手製だ。その「手作り感」が共感を呼ぶのか、今や元の常連客である年配層のみならず、評判を聞きつけた若い世代も遠方から集まり、週末は予約なしでは入れないほどの人気店となっている。

 大事にしているのは昭和歌謡のカラオケで、その場で知り合ったお客さん同士が一緒に歌っている。「スナックは接客業。人と人をつなぐのは音楽だと思います。私の生まれる前の曲ばかりですけれど、いい歌たくさんありますよね」。

 スナックとは何か。一説によれば1964年の東京オリンピック開催前後の規制強化に伴い、軽食(スナック)を出す店として定義された。開業が比較的容易で、ママがいて、その魅力にひかれ、支えるために客が集まり、経営が成り立つという構図があり、全国に10万軒が存在するというデータもある。だがママも客も年を取り、事業承継はどこも課題となっている。

 坂根さんはこれまでも、学生団体を立ち上げて国立市内でゲストハウスを運営、1年間休学してカンボジアに渡り、ホテル経営を学ぶなどしてきた。起業家が一つの夢でもあり、現在のスナックビジネスをフォーマット化して、全国展開したいとの構想を持つ。すでに複数の引き合いがあるという。「私くらいの世代の女性たちの居場所がない、とずっと感じてきました。同時に働く場所も作ってあげたいという気持ちがあります」。心の中のもやもや、心細さ、将来への不安も全て受け止めてくれる、世代を超えた癒やしのスナック、谷保がその故郷として歴史に刻まれるように。(藤澤志穂子、写真も)

 ※元産経新聞経済部記者、昭和女子大学現代ビジネス研究所研究員。「乗り鉄」から鉄道研究家への道を目指している。著書に「釣りキチ三平の夢 矢口高雄外伝」(世界文化社)など。

 
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