【道標 経営のヒント 249】消滅した旅館のもてなし 九州国際大学教授 福島規子


 「GO TOトラベル」がスタートした今年7月。早速、このキャンペーンを利用し創業400年の老舗旅館に宿泊してきた。同館の経営は7年ほど前に国内の資本家に移ったものの大規模リニューアルに加え、全室露天風呂付きの離れを新設するなどさらにグレードアップしていた。筆者が宿泊したのはメゾネットタイプの「ヴィラ・スイート」で1泊2食、1人5万円(2名利用)。蔵を模した白壁の離れが緑の中に建ち並ぶ様は日本の温泉宿というよりも、バリ島のウブドあたりにある高級リゾートホテルをほうふつとさせる。

 さて、到着時のチェックインはアメリカのチェーンホテルのようにフロントカウンターで行うのではなく、ヨーロッパのスモール・ラグジュアリー・ホテルのようにロビーの椅子に腰掛けて行うスタイルだった。最近の高級旅館では専らこの「ロビーラウンジでチェックイン」が主流で、以前のように客室で宿帳を受け取るところはまれだ。

 このようにオペレーションの効率化や合理化、顧客ニーズの変化等によって消えつつある「旅館のもてなし」は少なくない。たとえば、客の到着時に係が客室でお茶を入れてもてなしたり、夕方に夕食の担当係が夕刊を持って客室にあいさつに出向いたりといったことはここ数年、ほとんど目にしない。中にはすでに消滅したもてなしもある。たとえば、「靴下洗い」や「浴衣合わせ」。若い人はどのようなサービスなのか想像がつかないかもしれないが、30年ごろ前までは確かに実在していた。その昔、旅館が旅籠と称されていた時代、宿の女中や番頭は旅人が到着すると水を張った桶と手拭いを用意し、草履を脱いだ足を洗ってあげる「足濯(すす)ぎ」を行っていた(「江戸のしきたり 面白すぎる博学知識」河出書房新社)。この風習の名残かと思われるが、昭和の旅館では男性宿泊客の黒い靴下を預かり、洗ってから部屋に届けるサービスを行っていた。

 一方、「浴衣合わせ」とは、接客係が客の背中に浴衣をあてて、着丈が踝(くるぶし)あたりでピタリと納まっているか否かを見分けるものだ。客に密着することや、それなりに時間がかかることから、これらも消えたサービスの一つと言えよう。ほかにも夕食時に接客係が付きっきりで酌をする、客が朝食に行っている間に、係がマスターキーで入室し布団をあげるなど消えたサービスは枚挙に暇(いとま)がない。

 旅館には日本独自のもてなし文化がある。しかし、伝承すべき風習や文化的行為は意識しない限り、あっという間に変貌し、消滅してしまうのも事実だ。生産性向上を目的としたサービス改革は重要ではあるが、行き過ぎた合理化は旅館独自のもてなしをやせ細らせ、旅館のホテル化に拍車をかけることを肝に銘じておきたい。

 
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