【道標 経営のヒント 242】再びのシルバーがある日常 コンテンツキュレーター 小倉理加


 先日、片付けものをしていたら、かつて愛用していたシルバー製のペンが4本も出てきた。自粛要請が解除となったことを受けて中断していた窓工事を再開するにあたり、いつもは手を入れない場所を掃除したことで見つけた。

 ペンたちには失礼だが、どこにいったのだろうかと思い返すことも減って久しいほどの歳月がたっていたので、当然出てきたペンは真っ黒。早速、シルバーポリッシュに励むことにした。

 それらのペンは、30歳になって、独り立ちをした記念に集めたものだった。

 当時、外国の目上の方のインタビューなどが多く、幼く見られがちな日本人の印象を“物”の力で助けてもらおうと、名刺入れはもちろん、1本のペン、1冊の手帳まで徹底的にこだわった。シルバー製品は定期的に磨かなければいけないので手間がかかる。

 もともと、フルートを長くやっていたこともあり、子どものころからシルバーを磨くことには慣れていたので、作業自体は苦にならない。時間の余裕もあったので、愛おしむように使っていた。例えていうなら、男性の靴磨きのようなものだろうか。

 だんだん、忙しくなるにつれ、そのシルバーのペンは磨く必要がない実用性の高いペンにとって変わられていった(ちなみに余談になるが、長く使用しない自宅のシルバーの食器は、サランラップを巻いておくと黒ずまない。パリのアンティーク店で教えてもらった裏技で、実証済みだ)。

 磨いているうちに、そのペンを使っていた頃の気持ちを思い出してきた。今より、もっと一つ一つ物事を丁寧に進めていたことを反省する。徐々に輝きを取り戻していくペンを目にしていると、自分の中の慢心もほんの少しずつ払拭(ふっしょく)されるように感じられ、一心不乱に磨き続けた。

 1時間ほど後に、柔らかな白い光に包まれた4本のペンを前にした時には大きな達成感を感じた。

 「今のような不安な時には、マインドフルネスが効果的。マインドフルネスの基本は、目の前にあることに無心に集中すること」と、先日取材で教えてもらった言葉が素直にすとんと腑(ふ)に落ちた。座禅では煩悩がわき起こるばかりで得られなかった境地を、シルバー磨きで得られたのだ。

 自粛中にやったことで最も多かったのは「断捨離」だそうだが、捨てるばかりではなく、かつての宝物に再会できた人も多かったのではないだろうか。

 今、バッグも洋服などもレンタルする人が増えていると聞くが、自分で購入して所有することでしかわからない喜びや思い出がある。

 なんでも、“レス”がもてはやされる風潮が加速している中、そんな喜びはなくなってほしくない。今私のバッグの中では“新たな生活様式”となったシルバーのペンが再び輝きを放っている。

 
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