【道標 経営のヒント 194】モードに学ぶ”香り”の重要性 コンテンツキュレーター 小倉理加


 「女性の香水というものは彼女の筆跡以上に彼女について物語るもの」。そう語ったのは、モード界の伝説的デザイナーであるクリスチャン・ディオールだ。

 これは、常々滞在先にも言えることだと思っている。今やインターネットを通じて、詳細まで目にでき、YouTubeで音まで確認できる世の中。ちょうど、今ブラジルから東京を観光に来ている親戚たちから求められるのも、YouTubeでチェックした場所の再確認であり、同じ場所を映像に収めていくのが今の旅のスタイルである。すでに目にした場所、雑踏の音の中に自分がいる映像を収めるのが目的らしい。かつて、私たち編集者がその土地のすべてを紹介するよりも、“素敵の欠片(かけら)”を寄木細工のように組み合わせて魅力を伝える努力をしていたのは今は昔なのだ。

 遠回りしたが、冒頭に戻ると、そういう時代にあって変わらないのが“香り”である。技術的にはテレビでも映像と香りを一緒に出すことができるようになっていると聞いているが、これだけは実際にその場を訪れてみないと分からない。また、「プルースト効果」で香りによって記憶が呼び起こされるように、印象を左右するのは“香り”だと思う。実際に、どんな素敵な内装のホテルでも、人工的な香りがきついところはどこか安っぽいイメージで記憶される。

 今では、さまざまなラグジュアリーホテルがオリジナルの香りを研究し、販売まで行っているところも少なくないが、最も忘れられないのは城崎にある老舗旅館「西村屋本館」の香りである。ここでは、玄関を入った瞬間に香ばしい香りが鼻をくすぐる。廊下の端々に置かれた香炉にお茶がのせられているため、その香りが漂うのだという。客室に通され、窓を開けると緑が多い敷地から、葉っぱや樹木の香りがほのかに立ち上ってくる。ちょうど今時分に滞在した時は、梅雨の雨に湿った草木の香りが懐かしく、得も言われぬノスタルジックな気持ちへ誘われた。

夕食時には注文した日本酒が青竹で供され、きりりと爽やかな香りがもてなしてくれる。初夏とは、こうまで香り豊かなものかと気づかされ、「薫風」の意味を体感したことを鮮やかに思い出すことができる。

 ファッションにおいて、香りは洋服やバッグ、シューズより些細(ささい)なように、ホテルにおいて調度品や料理に比べれば、香りは最優先課題ではないだろう。ただ、旅人にとっては実はとても大切なエッセンスなのだ。

 冒頭と同じく、かのクリスチャン・ディオールの言葉で締めくくりたい。

 「ほんのちょっとしたこと。それが美しさの秘密。このほんのちょっとしたことがない美しさで魅力的なものというものは絶対にありえません」

 
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