【観光立国・その夢と現実 37】日本の伝統文化を知ろう!(2) 小原健史


 このコラムは、前回から私が学んだ古典芸能の能楽の仕舞と謡の鍛錬がいかに旅館経営に役立ったかということを記載している。

 前回は、和服を着て座る場合について「(1)右足を半歩引いて右膝を折り畳につける。(2)次に、同時に左膝も畳に付けて両踵(かかと)を爪先立てたまま踵にお尻を下す。(3)すぐに、爪先を伸ばしてお尻を左右バランスよく、裏返った足に乗せる」と記載したが、座って立つ場合は、この全く逆を行えばよい。この立ち、座る場合の禁じ手は「着物の裾を大きく割っていきなり立つこと」や「手をついて、ヨイショ!と立つことの粗雑さ」である。

 さらに、前回は“シテ”=主役の心持ちについても述べたが、今回は能楽の全ての分野に用いられる〔序破急〕の大原則について述べる。
 〔序破急〕とは、能の一日の番組の構成、一曲の構成、一指の舞、一節の謡、この全てに適用されるもので、それは精神性であり、スピード感でもある。

 旅館のサービスでいえば“お出迎え”から“お見送り”までの、お客さまにとっての1泊2日への旅館のサービス態勢と心構えであり、夕食と朝食の料理出しの異なるスピード感、おいしそうなお酒の注ぎ方、玄関前の清掃の際の箒(=ホウキ)の美しい使い方などの心構えやリズム感である。

 〔序〕は、最初は、出だしは慎重にゆっくりと、〔破〕は、次第にスムーズに乗ってきて、〔急〕は、急転直下、急激に上昇して、ストンと落ちて終わるという意味でもあり、構成でもある。

 小難しいことを述べる気は更々ないものの、旅館の女将さんや仲居さんの動きが、この序破急を意識していれば、とても美しく品のある動きになる。決して〔無意識にポッと出てはいけない〕ということにもなる。最初はゆっくり、次第に調子を上げてキュッと止まる、その意識が重要だ。すなわち〔序破急〕を意識さえすれば良いし、美しい動作になれる。この序破急は新聞の4コマ漫画に象徴される〔起承転結〕とは似て非なるが、一見、科学的な起承転結の展開に対し、序破急はより精神的であり感覚的でもある。

 観阿弥・世阿弥の親子はその美意識やリズム感をもとに〔猿楽=サルのものまね〕や〔田楽=効率的な作業を促す田植え歌〕、そして〔宮廷文化の雅楽〕のそれぞれの良さを凝縮して〔能楽〕として芸術の域まで昇華させたともいわれている。

 また、謡のリズム感については、その言葉のほとんどが“七五調”であり、和歌や俳句と同じ言葉の基調である。例えば婚礼の際に、よく謡われる「高砂や、この浦船に、帆を上げて」や「四海波、静かにて、国も治まる、時津風」のように言葉ごとに〔、〕を記入したように“五”と“七”の音律で刻まれている。なぜ、これが日本人に心地よく、いい感じを与えるかということは、古代からの日本人の遺伝子に脈々と流れる〔美意識〕や〔リズム感〕によるものではないかと思う。

 この謡のリズムに〔鼓=ツヅミ:湿った音〕と〔大鼓=オオカワ:乾いた音〕が乾湿のコントラストの音色を刻み、〔太鼓=タイコ(旅館の宴会場によくある太鼓に似る)〕が演奏を華やかに盛り上げる役目を負う。日本の気候は湿度が高く“湿った文化”といわれることも多いが、その東アジアのモンスーン地帯で四季に富んだ気候は、アジア奥部や中東、アフリカの無辺広大な砂漠や、欧米の乾燥地帯の“乾いた文化”とは一線を画す。また、わが国は島国であり、かつ永きにわたり“鎖国政策”で外圧を受けずに文化が熟成されたといわれることも多いが、民族や宗教の違いで、互いに征服し合い抹殺し合って激しく対立していた国々とは大きく異なる。そして、何にも増して能楽には仏教の教えが大きな影響を与えている。

(元全旅連会長)

 
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