【竹内美樹の口福のおすそわけ169】でっちようかん 竹内美樹


 待ち遠しかった春がやって来た。旬の「走り」を味わうのも季節の変わり目の楽しみだが、「名残」を惜しむのもまた一興。日本海側では、松葉がにや越前がになどが3月下旬に漁期を終えるが、同じく3月頃までしかいただけない冬の味覚がある。水羊羹だ。

 冬に水羊羹って…?と、当初は筆者も不思議だった。アレって、夏の風物詩ではないか? 風鈴の音を聴きながら冷たい水羊羹を口に運べば、涼やかな気分になるものだ。冬とはまったく結び付かなかった。

 その出会いは、福井県越前市。「黒龍」をはじめとする福井県産の銘酒を仕入れさせていただいている「酒乃店はやし」を訪れた折、隣に趣深い和菓子屋さんがあった。山口順子部長曰くこの「高村菓舗」、実は知る人ぞ知る「でっちようかん」の名店なのだという。初めて聞くその名が水羊羹であること、そして福井の人々は昔から冬に水羊羹を食す習慣があることを、彼女が教えて下さった。

 そもそも羊羹って、なぜヒツジという文字が使われているのか。元は羊の羹(あつもの=熱い汁物)で、冷めて煮凝り状になった物が原型らしい。中国から日本に渡った際、当時は肉食が禁じられていたため、小豆で代用したのが始まりだとか。そしてでっちの由来は、かつて京に奉公に出ていた丁稚が、里帰りの土産に持ち帰って広まったからと言われ、貴重な砂糖の量が多い練り羊羹は高価で買えず、水分の多い廉価な水羊羹を選んだという説と、練り羊羹の量を増やすため、水で薄めて作り直したとする説がある。

 夏目漱石の小説『草枕』に、羊羹の美しさを讃えた名文がある。この物語の冒頭に、たまたま偶然なのか意図してか、「情に棹させば流される」という有名な言葉があるが、羊羹も本来棹ものと言って、一棹二棹と数える長方形立方体の棹菓子である。

 だが、この「でっちようかん」は形状からして違う。薄い紙箱に、「一枚流し」という手法で詰められており、付いている切れ目に副って、付属の竹ヘラですくって口に流し込むのが流儀である。

 原料は、小豆、砂糖、黒糖、寒天。練り羊羹は糖度70程度なのに対し、コチラは33度位だから、元々日持ちがしない。また、夏場の水羊羹は保存料を使用するが、コレは無添加だ。つまりは、福井の寒い気候が、天然の冷蔵庫の役割を果たしているというワケ。

 「でっちようかん」と記されたレトロな紙箱の蓋を開け、透明なフィルムをめくると、つやつやとした小豆色の水羊羹が。竹へらで口に運べば、微かな黒糖の風味が鼻腔をくすぐり、優しい甘みのツルンとした物体が喉を滑り下りて行く。あぁ、幸せ。

 総務省の家計簿調査によると、福井市は羊羹購入額日本一で、その額は全国平均の2倍に及ぶという。寒い冬にコタツで暖まりながら、冷たい水羊羹を食すのが福井県民の冬の定番。冬季限定のこの味、まだ今月一杯いただける。さぁ、食べに行かなくちゃ!

 ※宿泊料飲施設ジャーナリスト。数多くの取材経験を生かし、旅館・ホテル、レストランのプロデュースやメニュー開発、ホスピタリティ研修なども手掛ける。

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