【私の視点 観光羅針盤 364】始めに暮らしありき 石森秀三


 2003年は日本にとっての「観光立国元年」であった。そういう意味で今年は「観光立国20周年」の記念すべき年だ。03年1月の国会で当時の小泉純一郎首相は施政方針演説を行い、「観光の振興に政府を挙げて取り組み、10年に訪日外国人旅行者数を倍増させることを目標とする」と宣言した。併せて内閣官房に観光立国懇談会を設置し、観光立国政策に関する諸課題についての検討が行われた。私もそのメンバーに選ばれたので、03年1月から何度も首相官邸に出向いて議論に加わり、報告書をまとめる際に「観光立国の意義:今、なぜ観光立国か」について起草を行った。

 最終的に懇談会は03年4月に「住んでよし、訪れてよしの国づくり」と題する報告書を小泉首相に提出した。それを受けて小泉首相は5月に観光立国関係閣僚会議を開催し、各省庁が緊密に連携して観光立国の実現を図ることになった。そういう意味で2003年は「観光立国元年」と位置付けられているわけだ。

 中途半端に日本を混乱させた民主党政権を挟んで、小泉政権を継承した安倍政権・菅政権はグローバル化と観光国富論に立脚する「観光の量的拡大」を意図したインバウンド観光立国政策を推進し、大成功を収めたと賞賛されたが、コロナ禍の長期化でもろくも崩れ去った。

 観光産業は基本的に「フラジャイル(もろい、壊れやすい)な産業」であり、戦争や自然災害や疫病や経済的不況などの影響を受けやすいために基幹産業としての役割を果たすことができない弱点を抱えている。

 私は「観光国富論」の観点だけで観光政策を推進するのは浅はかとみなしている。むしろ「観光民福論」という観点こそが重要とみなしている。観光は本来、数多くの人々にさまざまなかたちの民福(感動、幸せ、歓び、癒やし、学び、創造、自己の再発見など)をもたらす営為である。要するに、観光は本来ホスト(地域住民)とゲスト(観光者)の双方を幸福にすべき営為であり、そのような理想をあくまでも追求すべきだ。

 また観光は地域社会が抱えるさまざまな課題を解決し得る営為であり、「観光地域創造論」という観点も重要である。さらに観光は平和の創出や文化的安全保障などにも貢献できる営為であり、「観光安全保障論」という観点も重要である。それこそが「平和産業」としての観光産業が最も大切にすべき理想ではなかろうか。

 ポストコロナの日本では「観光の質的向上」を意図したバランスのとれた観光立国政策への転換が必要になる。その際に各地域の民産官学の協働によって地域資源の持続可能な活用を図り、地域主導による自律的観光の推進が不可欠になる。それと共に、20年前の観光立国懇談会の報告書「住んでよし、訪れてよしの国づくり」の原点、つまり観光振興を図る際に観光地の地域住民の暮らしを軽んじることなく、「始めに暮らしありき」ということを強く意識すべき点が重要だ。今後の日本は厳しい少子高齢化がより深刻化するためにポストコロナにふさわしい「暮らしと命の輝く国づくり、地域づくり、人そだて」を目指すべきである。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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