【私の視点 観光羅針盤 360】宝探しとまちづくり 石森秀三


 11月に岩手県二戸市を訪れる機会があった。私の盟友、真板昭夫氏は30年間にわたって粘り強く、二戸市のまちづくりに協力してきた。真板氏は京都嵯峨芸術大学教授、北海道大学特任教授などを経て、現在は株式会社未来政策研究所取締役顧問を務めている。

 真板氏は30年前に当時「何もないまち」といわれた二戸市で地域住民による「宝さがし(地域固有の文化の再発見・再生・創造)」を提唱した。真板氏の提案を受けて、当時の二戸市長、小原豊明氏は1992年に市民30人と市職員30人から成る「楽しく美しいまちづくり委員会」を組織して宝さがし活動を開始した。

 二戸市では六つの宝が重視された。(1)自然の宝(2)生活環境の宝(3)歴史文化の宝(4)産業の宝(5)名人の宝(6)要望の宝(まちをより良くしたい未来へのエネルギー)―など。2年ごとに委員を入れ替えながら議論を重ね、5期目から宝さがしをまちづくりに活用する方策として「宝の五段階活用」が提唱された。(1)宝を探す(2)宝を磨く(3)宝を誇る(4)宝を伝える(5)宝を興す(宝を産業に結びつける)―という五段階活用による市民との協働を円滑化するために、二戸市は2006年に「宝を生かしたまちづくり条例」を定めた。

 さらに二戸市は、八幡平市と連携して「奥南部漆物語:安比川流域に受け継がれる伝統技術」というストーリーで日本遺産の申請を行い、20年6月に認定を受けている。八幡平市から二戸市へと流れる安比川流域では、古くから漆を利用する生活が営まれ、縄文時代には既に漆が装飾などに利用されていた。奈良時代には天台寺が創建され、実用性の高い漆器が僧侶たちによって使用され、庶民の間に広まった。藩政時代には盛岡藩が漆を重要な産業と位置付け、さまざまな漆関連製品が生産されるようになった。太平洋戦争を経て、化学製品の普及などによって漆産業は衰退したが、安比川流域ではウルシの木の植林、漆掻きや漆塗り技術の継承、漆製品の生産販売などを通して漆の生活と文化が今日まで地域の誇りとして受け継がれている。

 民俗学の祖であった柳田國男は、安比川流域を「奥南部」と称し、著書「豆の葉と太陽」で「其中でも殊に忘れ難い一つは奥南部の大豆畠の風光」と評して、この流域の風景をたたえている。民藝運動の提唱者、柳宗悦は昭和初期にこの流域を訪れ、漆器職人の技について「これだけ活き活きと描き切る画工は他に見当たらない」と賛美した。また柳は地域間で連携し、一貫生産がなされる漆器の背景に焦点を当てて「もしこの村を充分に働かし得たら、日本は漆器の国だという歴史的名誉を取り戻す」とまで評価していた。

 安比川流域は「漆の聖地」であり、二戸市と八幡平市が地域連携を図り、「民産官学の協働」によって地域の宝を生かした暮らしを未来に継承しようとする日本遺産「奥南部漆物語」がポストコロナにおける「極上の観光」として高く評価されるように祈念している。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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