ウクライナ戦争は「世界史的な転換点」と指摘する国内外の識者は多いが、日本人の多くはそれほど深刻には受け止めていないようだ。先日の参議院選挙も投票率が約52%で国民の半数は選挙に参加していない。マスメディアの報道内容のゆがみや中央政界の劣化が原因とはいえ、世界が大きく転換する中で政治に無関心な人の多い日本の未来に不安を抱かざるを得ない。
とはいえ、私自身も世界情勢に疎いので、激変する世界の動きをいかに正しく理解すべきかで悩むばかりだ。私はこれまでフランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド博士の諸著作を通して、多くのことを学んできた。
トッド氏はいち早く1976年に「ソ連崩壊」を予言し、2002年に「米国発の金融危機」、07年に「アラブの春」、さらにトランプ米大統領の勝利、英国のEU離脱などについても次々に予言を的中させてきた。トッド氏は今年6月に『第三次世界大戦はもう始まっている』と題する新書を刊行している。
日本人の多くは「ウクライナ戦争の責任はプーチンやロシアにある」と信じ込まされているが、トッド氏は「いま起きている戦争の責任は米国とNATO(北大西洋条約機構)にある」と主張している。
ロシアは「ウクライナのNATO加盟はロシアにとって死活問題」と繰り返し警告してきた。しかし米国と英国はウクライナに高性能の兵器を送り、軍事顧問団を派遣して武装化し、「事実上のNATO加盟国」にしていたために、ロシアは手遅れになる前にウクライナ侵攻を行ったという見立てだ。
米国は軍事と金融の両面で国際秩序を主導しているが、中国が台頭する中でロシアが米国主導の国際秩序に挑戦したために、西側諸国の連帯を前提にして、ロシアに対する経済制裁やウクライナに対する軍事的・財政的支援を行い、ロシアを敗北させようとしている。
そういう意味でロシアと米国の間の軍事的衝突はすでに始まっており、トッド氏は「すでに第三次世界大戦に突入した」と述べている。
米国と英国、EU、日本、カナダ、豪州などの西側諸国は連帯してロシアに対抗しているが、ロシアに対する経済制裁の結果として生じているエネルギー危機や食糧・肥料などの不足事態に伴って足並みが乱れている。
一方、ユーラシア大陸の大国である中国とインドは親ロシアを鮮明にしており、東南アジア諸国も中国に配慮して従米姿勢を明確にしていない。また別の識者は米国の中枢を牛耳る「ディープステート(米国の軍事、経済、金融、メディア、政治を支配している軍産複合体、国際金融資本、多国籍企業)」の存在を指摘しているが、私には容易に理解し難い陰謀論だ。
世界の大転換という現実を探っていくと、これからの世界の「観光の未来」に対してさまざまな危惧が生じる。コロナ禍が長期化する中で、第3次世界大戦が本格化すると観光交流は難しくなる。今こそ「平和のパスポート」としての観光が本領を発揮すべき時であろう。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)