参議院議員選挙の応援演説中に安倍晋三元首相が暗殺された。要人の暗殺というと、1960年10月に日比谷公会堂の3党首立会演説会で社会党委員長の浅沼稲次郎氏が17歳の右翼少年に刺殺された事件を思い出す。私は当時15歳であったが、今でも鮮烈に記憶している。
それに対して、今回の場合には手製銃による射殺で周到に計画された暗殺ではあるが、犯人は「政治信条に対する恨みではない」と言い、「特定の宗教団体に対する恨みがあった」と述べていて不可解極まりない。
安倍元首相暗殺直後の参議院議員選挙では自民党が単独で改選過半数の議席を確保し大勝した。しかも与党とその他の改憲に前向きな勢力は非改選と合わせて国会発議に必要な総議員の3分の2を確保した。
安倍氏の首相在職日数は3188日で憲政史上最長を記録したが、安倍氏が最もこだわり続けた政治課題は改憲問題であった。自民党内では安倍氏の遺志を尊重して早急に改憲論議に踏み込むべきという意見が主張されている。
とはいえ、日本はまだまだ数多くの解決すべき課題を抱えており、改憲論議の前に優先すべき課題が山積している。
例えば、ウクライナ侵攻に対するロシアへの経済制裁の結果として、エネルギーや食糧や肥料や貴金属類などの不足が深刻化しており、諸物価高騰による暮らしの困窮化が生じている。物価高に加えて、円安、賃金安の三重苦がすでに襲い掛かってきている。
安倍政権は経済産業省の官僚を重用したが、岸田政権は財務省との連携を重視しており、消費税増税を視野に入れているために増税苦が生じる可能性がある。また一時下火になっていたコロナ禍が再び感染拡大しており、第7波の到来が危惧されている。政府は7月前半を予定していた全国対象の観光支援事業の開始時期を延期する方向だ。コロナ禍の長期化で苦境にあえいでいる観光・旅行産業は今後もなお苦渋の日々を経験することになる。
私は03年に小泉純一郎政権の下で設置された観光立国懇談会のメンバーとして首相官邸での会議に何度も出席したことがある。その際に安倍氏は官房副長官として会議に出席していたが、観光にはほとんど無関心という風情であった。
第2次安倍政権の下で観光立国政策が大きく進展したが、それはむしろ当時の菅義偉官房長官や二階俊博自民党幹事長の功績であった。現在の岸田政権は観光立国政策に全力を投入する意欲に欠けているために、観光・旅行産業は政府を頼りきるだけでなく、さまざまな自助努力を真剣に図る必要がある。
コロナ禍以前にはインバウンド観光立国が大成功したが、当時は訪日外国人観光客の約7割が東アジア地域からの来訪であった。ウクライナ軍事紛争が長期化する中で台湾有事を視野に入れながら、東アジア地域における平和の維持を図る必要がある。
さらに地球温暖化に伴う天変地異への備えも不可欠であり、観光立国の道のりは平坦ではない。ポストコロナやポストウクライナ紛争を視野に入れた観光立国政策の策定が必要である。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)