【私の視点 観光羅針盤 252】戦争の記憶承継と観光 北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授 石森秀三


 太平洋戦争が終結してから75年の歳月が過ぎた。日本だけで310万人、アジア太平洋地域では2千万人とも言われる犠牲者を出した戦争であった。

 私は1945年10月生まれなので、母親の胎内で戦争を経験しているという意味で自らを「戦腹中派」と称している。父親は戦車隊の兵士としてシンガポール陥落作戦に参加した後、警察官であったために本土の治安維持のために帰国し、私が生まれた。

 北方領土やかつての南樺太(サハリン南部)に近い北海道では、毎年8月が近づくと南樺太などにおける地獄のような悲劇が語り継がれ、報道されている。南樺太などでは8月15日の終戦の後にもソ連軍の侵攻で戦争が継続され、逃げ遅れた数多くの老人、女性、子どもが殺害され、あるいは集団自決が行われた。私はそれらの報道を目にするたびに、ただただ涙するばかりである。

 悲惨な戦争を二度と起こさないためには、数多くの人々を地獄のような日々に追いやる戦争の記憶を克明に語り継いでいく必要がある。しかし現実には戦争の記憶を継承する担い手の確保が難しくなっている。

 太平洋戦争戦没者遺族の全国組織である日本遺族会の会員数はこの半世紀のうちに半滅している。その上、総務省の人口推計によると、戦後生まれは総人口の約85%を占めており、戦争の記憶は止むかたなく風化される一方だ。

 そういう状況の中で、日本各地で戦争の記憶を風化させずに、記憶継承のためにさまざまな努力が行われている。

 例えば、京都府舞鶴市にある「舞鶴引揚記念館」の諸活動は高く評価できる。舞鶴は明治中期に軍港が建造され、1901年に日本海軍の「舞鶴鎮守府」が置かれた。戦後はソ連や満州などからの帰還者の引き揚げ拠点になり、現在は海上自衛隊の基地が置かれている。

 舞鶴引揚記念館の所蔵資料は、2015年にユネスコの「世界の記憶(世界記憶遺産)」に登録されている。「世界の記憶」は危機に瀕した古文書や書物など歴史的記録物(可動文化財)を保存して、広く公開することを目的に92年に創設された。

 世界的にはマグナ・カルタ、共産党宣言および資本論初版、アンネの日記などが登録されており、日本では慶長遣欧使節関係資料などとともに、「舞鶴への生還1945―1956:シベリア抑留等日本人の本国への引き揚げ記録」が登録されている。

 舞鶴引揚記念館では05年に館内を案内するボランティアガイド「舞鶴・引揚語りの会」が設立され、高齢化で休止していた館内での語り部活動を継承している。17年には地元中学生がメンバーとして加わっている。戦争の記憶を後世に継承するため、世界記憶遺産と語り部が両輪になって重要な活動を展開している。

 さらに16年には「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴:日本近代化の躍動を体感できるまち」として日本遺産に選定されている。今後の頑張りに大いに期待している。

 (北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)

 
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