
本コラムの担当も今回が最終となる。そこで、所用のついでに久々に静岡県の熱海を訪れ、まちおこしに思いを馳せた。
熱海は東京の奥座敷で、高度成長期には団体・職場旅行のメッカであった。宿泊施設数は860軒を数え、500万人を超える宿泊客でにぎわった。それが今ではそれぞれ300軒、300万人に過ぎない。それも260万人にまで落ち込んでいた客数を、ここ数年の努力で2年前に14年ぶりに回復させたのだ。
とはいえ、3選目の現・斉藤市長が2期目に打ち出した「財政危機宣言」は当時大センセーションを呼んだ。熱海のイメージダウンになる、という反対の大合唱である。なぜなら4万人を切る人口の85%が第3次産業に従事し、宿泊料飲関連者が圧倒的、農業漁業従事者は100人と2%足らずだからだ。
おまけに少子・高齢化は県内でもワーストクラスで全国平均を上回る。転出者は転入者より少ないとはいえ、出るのは若者、入るのはケア付きマンション目当ての高齢者という構造だ。
市長にしてみれば、当時破綻した夕張市に次ぐのではと危惧したのも当然だ。財政再建は必至であった。人件費削減、歳入増、歳出減の荒療治が断行された。5年間の痛みと反発を伴う行革プランが実施され、大幅な赤字改善がもたらされた。しかし、構造的な問題が解決したわけではない。地元の産業活性化や生活の基盤づくりという課題が残る。
熱海駅は実に90年ぶりの大改装を終え、駅前には足湯が設置され、観光客でにぎわっている。平日の昼前であったが、春休みのためか若者のグループも目立ち、駅内の土産物店は大入り、温泉地へと続く仲見世通りもよく整備され、すし屋や人気店は順番待ちする客でいっぱいだ。
しかし、それも駅前だけ。ここを抜け田原本町交差点に来るとひと気はぱったり。シャッターが閉まったままの店も目に付く。海辺に出ると、交通量はそこそこだが、車を止めて海を見ようという人は少ない。第一親水公園には大寒緋桜が満開、でも並木を散策する人は地元民が中心だ。
紺碧の海に真っ白なホテル群は美しい景観だが、ホテルへと名称変更した名門旅館のレストランに入っているのは地元の勤め人が中心だ。一つ裏通りに入ると往時の名旅館が更地になっていたりする。
行政主体の改革は一段落した。本当の構造改革はまちぐるみの地道な取り組みだ。市長・副市長は「若者・よそ者」だから、あと一つ必要なのは「温泉玉手箱」など地元有志の「バカ者」による体験交流プログラムの充実だろう。自然・食・気候に恵まれた首都圏に近い熱海、「住んでよし」さえ実現できれば、宿泊を含む「訪れてよし」はおのずから実現できるに違いない。
長らくのご愛読ありがとうございました。
(亜細亜大学教授)