【特集 旅館の生産性向上策】マルチタスクを導入 下部温泉郷・下部ホテル


矢崎道紀社長

仕事に余裕、定着率向上 「お客様評価」も高まる

 戦国武将、武田信玄の隠し湯と呼ばれ、温泉の質には定評のある山梨県・下部温泉郷。下部ホテルは、二つの源泉があり、12の湯船で湯めぐりが楽しめる。その温泉に加え、近年はイベントやアクティビティにも力を入れている。スタッフがお薦めの近隣スポットを特設マップで紹介したり、屋上でプライベート花火を上げたりしている。グランピングも始めた。矢崎道紀社長は「温泉でおいしい料理を食べられたら満足というお客さまだけでなく、あまり温泉旅館に興味のなかった人にもこれからは来てほしい」と思いを語る。

 生産性向上策として最初に行ったのは2013年のマルチタスクの導入だ。田舎の山の中ということもあって派遣社員が集まらない。労働環境も悪く、社員の定着率も低かった。「これを打破するには縦割り業務ではなく、正社員を中心にいろいろな仕事をしてもらうマルチタスクしか残された道はなかった」と矢崎社長。

 人手を一番要するのは、朝食や夕食の提供、客室清掃、チェックイン後の客室への案内など。これらは主に接客部門の仕事で、その時間帯の必要人員を他部門から補った。例えば、デスクワーク中心の営業部、総務部がバイキングの料理提供を行い、サービス部の接客チームが客室清掃業務をこなす、などだ。

 異なる業務を与えられて社員から不満が出てもおかしくはないが、そんな声は一切なかった。「昔から忙しい時はみんなで助け合う風土があった。新しい仕事に楽しさを感じて前向きにやってくれる人が多かった」と矢崎社長は振り返る。矢崎社長を含め各部門のリーダーが率先してマルチタスクで仕事をし、雰囲気作りにも努めた。

 基本的に部門を問わず、パズルのように人手が必要なところに人を当てはめているが、マルチタスクをうまく動かすためには、シフト管理者がその業務の内容や所要時間などを把握していることが重要だ。自分の裁量で仕事ができる事務部門の人員に少し余裕を持たせておくのもコツの一つ。いろいろな業務のピークに対応し、そこに人を振り向けることができる。

 導入効果として、年間の公休日数が85日から100日(有給5日含む)へと15日も増加。労働時間の短縮や中抜け勤務の廃止も実現でき、ES向上により社員の定着率が高まった。

 フルバイキング式レストランを18年に新設し、宴会スタイルからコース料理、ビュッフェ料理の選択式に変更。夕食時間は食事客の自由とし、コース料理ではメイン料理や調理法を食事中に3種類の中から選べるようにした。これまで以上に出来たての料理を提供するために行ったものだが、業務効率化にも結び付いている。

 接客スタッフが行う事前のテーブルセットを廃止。食事客がいつ何人来るか、何を食べるのか分からないので、調理場スタッフはあらかじめ料理を用意することをやめた。事前の準備でほとんど時間がかからなくなり、その分、チェックイン後の部屋の案内に人を厚く投入できるようになった。

 また、これまで下げた皿は、食事会場から遠い食器洗浄室に持って行き、夜中に洗っていた。ビュッフェ会場のすぐ裏側に食器洗浄機を設置したことで、下げた皿をすぐ洗ってすぐ会場に戻す体制ができ、業務終了時間が早まった。

 矢崎社長は「自発的に、接客係が業務終了後にお客さまにお礼の手紙を書いたり、調理場スタッフがバイキング時にワゴンサービスを行ったりしてくれる。仕事に余裕ができたので各現場の人がお客さまのために何ができるかを考えるようになり、お客さまの評価も少しずつ上がってきた」と話す。

 

オープンキッチン

 

調理場スタッフがバイキング時にワゴンサービスを行ってくれる

 

矢崎道紀社長

 
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