民話のふるさとの原風景が息づく町
岩手県中央部の盆地にひらけた遠野は、遠野南部氏1万2千余石の城下町。内陸と三陸海岸を結び物資の集散や人の往来で栄えた宿場町。そして百余年前に書かれた柳田國男『遠野物語』のふるさとでもある。
物語にひかれて訪ねる人は今も多い。その一人になって遠野駅に降り立った。駅前の「此話はすべて遠野の人佐々木鏡石君より聞きたり」の石碑にさっそく物語の世界へ。貸し自転車で白壁や木組みの民芸調のきれいな町を一巡りして、「とおの物語の館」に入った。
門をくぐると左に柳田の定宿だった旧高善旅館と晩年暮らした東京・成城から移築した旧隠居所。右には造り酒屋の蔵を改造して民話を映像や絵で展示、解説する昔話蔵があった。
柳田國男は東京帝大を出て中央官庁の役人だった33歳の頃、早稲田大学に通う遠野生まれの文学青年の佐々木喜善(筆名・鏡石)に会い、月に1度自邸に招いて遠野の民話を聞いた。
「其話を其まま書きとめて『遠野物語』をつくる」と日記に書いたように2年後に自費出版。これが国文学者・折口信夫や泉鏡花、芥川龍之介、三島由紀夫らに賞讃された。のちに柳田は「日本民俗学の父」と、また喜善は民話の採集に傾倒し「日本のグリム」と呼ばれた。
物語は馬と結婚した娘オシラサマの話をはじめ、河童、天狗、座敷わらしなどの妖怪や怪談など不思議話が119話。中の一つ二つを館内の遠野座で聞いた。
「むがす(昔)、あったずもな」とゆったりした口調で始まる語り部の話は方言で分かりにくいが、仕草や表情でしだいに言葉が見えてきた。こうして語り部の話に耳を寄せるのも遠野ならではの旅時間である。
話の後で物語にゆかりのサムトの婆や池端の石臼、常堅寺、カッパ淵、デンデラ野へペダルを踏んだ。
そこは日本のどこにでもある何気ない道や小川、野原。だが物語をまとった風物はどこか親しみ深く、懐かしい。
(旅行作家)
●遠野市観光協会TEL0198(62)1333