【寄稿】旅館業法改正は「マスクをしていない客を拒否する」ものではない 旅館経営者 永山久徳

  • 2022年10月11日

旅館業法改正は「マスクをしていない客を拒否する」ものではない

 国会に向けて、厚生労働省より旅館業法等の一部を改正する法律案が提出された。その内容を見たマスコミや一部政治家が「今後はマスクをしていない客は排除される」と矮小化して取り上げたことで本質が伝わらず、同業者にすら混乱が生じている。以前より本法の矛盾を指摘し、法律改正に取り組んできた私なりに整理しておきたい。(旅館経営者 永山久徳)

 

前時代的な旅館業法第5条

 ここで話題になっている旅館業法第5条とは、「営業者は、(下記に)該当する場合を除いては、宿泊を拒んではならない」とするもので、現行法では、

 一 宿泊しようとする者が伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められるとき。

 二 宿泊しようとする者が とばく 、その他の違法行為又は風紀を乱す行為をするおそれがあると認められるとき。

 三 宿泊施設に余裕がないときその他都道府県が条例で定める事由があるとき。

 となっている。これ以外は「宿泊を拒んではならない」ということは、現代風に言い換えると、「宿泊施設は商取引における契約を拒否できない」。もっと雑に言えば、利用者が「泊めろ」といえばどんな相手であろうが一方的に契約を受けなければならないという大変重たい条文なのだ

 例えば飲食店に対して、「席が空いている限り、客を断ったら罰金刑」という法律があった場合、閑静な高級レストランに酔っ払いの集団が乱入してきたら店長はどういう判断をすれば良いだろう。ブティックで毎回暴言を吐いて従業員が辞めるまで責め立てるクレーマーを出入り禁止にしたら罰金刑になるような国があるだろうか?宿泊事業者だけがクレーマーを排除するどころか、宿泊代を持っていない人が泊まりたいと来館し、無銭飲食する可能性が高くても客として扱わなければならない。民法の原則論である「契約自由の原則」を奪うこの第5条はこれまでも宿泊事業者の最大の足かせになっていたのだ。

 

店と客は本来対等であるべき

 アメリカでは「We reserve the right to refuse service to anyone」と書かれた看板やシールが店舗の入口に掲示してあることが多い。客を断る権利は例外なく店側にあるという宣言文だ。世界中のどんな職業でも、客を断る権利がある。契約しない自由、契約を解除する自由は商売の基本原則だ。これが無いのは医師の応召義務くらいだが、日本の医師法でも応召義務違反について大きな罰則も無く、行政処分例もない。そもそも新型コロナウィルスにおいて応召義務は除外されている。それなのに日本の宿泊施設だけに拒否してはならない、拒否したら罰金刑という医師よりも厳しい法律がしっかりと覆いかぶさり、摘発されるのはおかしいと思わなければならない。

 拒否できないということは、追い出せないということにもつながる。例えばSARSウィルスが日本に上陸した頃、ある自動車会社が海外出張帰りの社員に対して「自宅に帰るな、出社もするな。渡航歴を隠してホテルに滞在しろ。質問に答えなくても法律上追い出されることはない」と指示してホテル滞在させていたことがわかりショックを受けたものだ。宿泊施設は短時間ではあるが利用者は共同体として同じ環境で滞在する。そこで一人だけ正しい申告を拒否し、従業員や他のお客様を危険に晒す可能性のある宿泊客が存在するとしたら、その客は共同体の安全のために排除されるべきなのだが、それは違法なのだ。

 最近では利用者にもこの法律の存在が広く知れ渡っており、不法行為スレスレのことをしても従業員に対して「お前らどうせ追い出せないだろ」「俺が保健所に通報したらお前ら罰金だぞ」などと凄む人すらいる。旅行業者もクレーム常習犯など問題ある客と知っていながら黙って送客しておいて、後で気付いてお断りしようとすると「それ法律違反でしょ」と開き直るケースもある。例えば、台風や地震などで従業員が出勤できない場合であっても、生命の危険を感じながら出勤して、来るか来ないかわからない予約客を待たなければならないのもこの条文が根拠となっていた。万一来館した場合、玄関が開いていなければ法律違反だと利用者や旅行会社に賠償しなければならなかったからだ。従業員に無理を強いて労務上問題になったケースや通勤時に死者まで出る事態が発生するに至り、さすがに厚労省も近年になって「宿泊施設の余裕のない場合」とみなすべきという通達を出した。しかし問題の本質は置き去りにされたままだった。

 

新型コロナにより業法改正が動いた

 ここまでが新型コロナ発生以前から問題視されていた旅館業法の問題点だ。矛盾点や時代錯誤感が再三指摘されつつも法律改正の動きは全くなかった。しかし、コロナ禍によりこの第5条の矛盾が一気に噴出することになる。営業をするなら感染防止対策を徹底しなければならないと言われながら、検温をして高熱の来館者を発見したところで宿泊施設にはそもそも宿泊を断る権利が無い。

 飲食店であれば「他に行ってくれ」で済む話が、宿泊施設は泊まって欲しくなければ「丁寧に説明して理解を求め、宿泊拒否にならないように辞退してもらう」しかない。次に考えるのは、路頭に迷わせることも宿泊施設の本意ではないので、例えば「検査をして結果を提示して欲しい」とか「部屋から出ない、大浴場など多数の利用する施設を使わないで欲しい」などの制限をつけることによって従業員や他の宿泊客との隔離を図りたいと考えるのだが、これらの提案を拒否されても宿泊を断ることはできない。どれだけ症状が出ていても、「俺はコロナじゃないから大丈夫だ」と言い張れば大手を振って館内を移動できるし、逆に「俺はコロナだ。特別扱いしろ」と言われても陽性の証拠を提示されない限り「伝染性の疾病にかかっていると明らかに認められる」訳ではないので拒否できない。全国の宿泊施設から「いったいどうすればいいんだ」と悲鳴が上がったのも当然のことだ。この状態は法律を変える以外に解消することは不可能であり、ようやく厚生労働省も重い腰を上げたのだ。

 

業法改正の意味

 ここまで読んで頂いた方には、今回の法律改正が「いまさら宿泊施設がマスクをしない客を追い出すため」のものではないことを理解いただけるはずだ。ましてや、マスクの有効性などに口を挟むつもりもない。もっと大きな意味で、店と客の関係を見直すべきというのが今回の改正の意図なのだ。差別解消に逆行するとの意見もあるが、この改正が成されなければ従業員への差別を容認することになり、その中には障がい者や病気の耐性の低い高齢者なども含まれるのであるから、改正はより公平な社会に向けたものであるということができる。

 マスクの着用を義務化するかしないかなどというのは本来施設ごとに決めれば良い話であり、本来なら社会の雰囲気や時期に応じて店が決めるべきハウスルールの範疇だ(割引策の適用条件などもあるので現実はもう少し複雑だが)。ただし、マスクをしなければならないと決めた施設で「マスクをしない自由」を叫ばれても困るし、マスク自由にした施設で「してない客に注意しろ」と言われるのもおかしい。ハウスルールを提示して、それに異議を唱える人は利用しなければ良い。現に宿泊施設以外ではそうやって店と客は双方で主義に合った店、利用客同士が納得できるルールを持った店を選択しているのだから。業法改正は「ハウスルールを提示する自由」の是非を問うものでもあるのだ。

 しかし、今回の業法改正はその題名が「新型コロナウィルス感染症等の影響による情勢の変化に対応して生活衛生関係営業等の事業活動の継続に資する環境の整備を図るための旅館業法等の一部を改正する法律」であり、限定されたケースでの宿泊拒否権にしか踏み込まれていない。本来であれば、宿泊拒否を原則禁ずる5条は民法における契約関連の条文や、差別禁止を謳った各法規などで規定されていることと矛盾や重複が見られるので削除しても良いレベルの条文だ。しかし、そこに小さいながらもメスが入り、再び国民の目に触れることになったのは有難いことだ。今回の法改正は宿泊施設が「普通の」権利を取り戻すための小さな一歩に過ぎない。

 
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