【地域創生と観光ビジネス2】進む「トキ消費」 リスク回避で旅の機会を担保 淑徳大学経営学部観光経営学科学部長・教授 千葉千枝子


 自然災害や天変地異、テロ・紛争、疫病など、われわれの想像をはるかに超える事象に、どのように対処すべきか。インターネットによる直予約で個人旅行が主流となった今、企業や自治体では災害時の観光危機管理マニュアルの整備が進んだ。東日本大震災以降の潮流である。だが、これだけで万全とは言い難い。リスクマネジメントをどこまで追求するかが、商品価値にもつながるからだ。

 国内に新型コロナウイルスの感染が広まり始めた2020年2月、クルーズ客船ダイヤモンド・プリンセス号で集団感染が発生して、横浜港の沖合に停泊したときのことを覚えているだろう。下船した陽性者を、受け入れ先の病院へ緊急搬送した事業者の一つに、スター交通(群馬県大泉町)がある。日本で数少ない民間救急搬送を行う会社で、神奈川県からの要請を受け、営業区域外の横浜・大黒ふ頭でピストン搬送を担った。

 同社は、2011年に観光バス会社として設立、事業を開始した若い会社である。だが、設立からわずか2カ月後に、東日本大震災に見舞われ、多くの仕事を失った。その教訓から、民間救急サービスを事業内容に新たに加え、介護福祉車両や救急専用車両を買いそろえた。さらに社員たちは、ホームヘルパー等の介護資格を取得、救急法講習を修了するなどして、ソフト面での体制も構築した。そこにコロナ感染者の移送依頼が舞い込んだのである。

 しかも、こうした移送以外にも需要が増し、マーケットは広がりをみせている。

 その一つが、教育旅行である。

 コロナ禍であっても教育機会を担保したいのが、学校現場や保護者の切なる願いだろう。そこに都内の公立学校から問い合わせが入った。校外学習のスキー旅行の案件である。子供たちを乗せた観光バスに、同社の救急専用車両を伴走させてほしいという要請だった。出発から帰着までを一貫して同行し、万一に備えたのである。

 昨今、中止や延期が後を絶たなかった教育旅行の現場に、一石を投じたといっても過言ではない。今しかできない、その”トキ”に力点を置き、実現のための手段と方策に検討を重ね努力した、学校側の姿勢にも胸が打たれた。

 これこそが、博報堂生活総合研究所が提唱する「トキ消費」ではなかろうか。コロナ禍を経て私たちは、季節や場所が限られて同じような体験機会が容易に得られない非再現性の旅を求め始めている。もはやニーズは、コト消費からシフトしているのである。

 そもそもコト消費が叫ばれるようになったのは、2000年ごろから。それまでのモノ消費から、サービスへの支出割合が増大したことで生まれた言葉である。これまでの物見遊山な旅ではない、そこでしかできないコト=体験や交流に価値が見いだされ着地型旅行商品の造成も進んだ。しかしポストコロナでは、コトからトキへのシフトが加速しそうな予感にある。 

 歴史的なパンデミックを生き抜いてきた私たちにとって今あるトキは実に尊い。だが先述したスキー旅行の事例からもわかるように、リスク回避を万全に安心・安全を担保することが肝要である。そこで初めて、消費者は対価を惜しまず、その時ならではの旅を手に入れようとするものと考える。

(淑徳大学 経営学部 観光経営学科 学部長・教授 千葉千枝子) 

 
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