【地域から元気を 地方創生が生み出す未来 第6回】阿蘇地域(熊本県)


金岡教授(左)と興梠氏

地域振興に取り組むシンクタンク 阿蘇地域振興デザインセンター

人材各県・育成へ「未来創造塾」立ち上げ

 雄大な阿蘇山の麓に位置する阿蘇市、産山村、小国町、高森町、西原村、南阿蘇村、南小国町、山都町の8市町村。阿蘇山を中心とする観光や赤牛などの畜産をはじめとする1次産業など多彩な魅力のある地域だ。阿蘇地域では、平成28年の熊本地震により大きな被害を受けていたものの、今年8月には、南阿蘇鉄道が完全復旧しインフラは全て復旧する見込み。観光客も(新型コロナ禍ということを考慮する必要はあるが)おおむね震災前に戻ってきているという。

 一方、同地域にも人口減少の波が押し寄せており、地域の維持・発展に向けてはさまざまな取り組みが求められている。
そうした中で、阿蘇地域の市町村と連携を図り、地域振興、観光振興、環境・景観保全、情報発信に取り組むシンクタンクとして設立されたのが、阿蘇地域振興デザインセンター(以下、阿蘇DC)だ。

 阿蘇DCは前述の8市町村と熊本県が基本財産を出捐(しゅつえん)し、運用益でさまざまな事業を展開。運営に当たっては構成自治体から派遣された職員を中心に行っている。なお、阿蘇DCは2018年には日本版DMO法人(地域連携DMO)に、2020年には重点支援DMOにも認定されている。

 阿蘇DCの具体的な取り組みとしては、地域住民や団体・組織などが実施する、「地域に元気を取り戻すための取組」に対し助成を行う「住民主体の元気再生支援事業」や阿蘇の景観を維持する上で必要な野焼きの支援事業、各自治体および関連団体で実施している移住・定住に係る取り組みの情報をまとめ発信する阿蘇回帰運動など多岐にわたる。また、定住支援としては、毎年東京のふるさと回帰支援センターで行われる移住定住のイベントに積極的に参加し、情報発信に努めるほか、近年ターゲットとしている福岡県向けに木の葉モールやららぽーと福岡などで情報発信や移住定住に関するアンケートを行っている。これらの取り組みのように、8市町村と広域にわたるメリットを生かしながら地方創生に取り組んでいる。

 また、阿蘇DCでは、令和4年度からの中期計画において、新たなコンセプトとして、「阿蘇リレーション~つながる阿蘇~」を掲げ、長期ビジョンの「ずーっと住み続けられる阿蘇づくり」に向け取り組んでいる。新たなコンセプトのもと、具体的な取り組みを進める上でのキーワードとして、「人材育成」「関係人口」「伴走支援」を柱として、リカレント教育や中高生のキャリア教育などを通して地域づくりの担い手を育てるとともに、移住定住対策だけでなく、関係人口拡大に向けた取り組みを重点的に進めることとしている。

■    ■

 中期計画の柱の一つである「人材育成」の中でも重要な取り組みとなっているのが、「あそ未来創造塾」だ。地域活性化人材の発見と育成を目的に、特色ある阿蘇の地域資源や人材を活用しながらさまざまなカリキュラムを通じて阿蘇地域で志を持つ人の夢の実現をサポートするもの。2021年度からスタートし、今年で2期目となる。

 あそ未来創造塾の立ち上げについて、山都町から派遣されている阿蘇DCの興梠宏幸氏は「8市町村の人口は2021年6月時点で、約6万人。RESAS(地域経済分析システム)による人口ビジョンを見ると、2015年から2045年の間に約8万人から約5万人と3万人減る予測となっている。加えて生産年齢人口、年少人口もほぼ半減する予測となっており、小売、建設、観光業の多い阿蘇地域では、地域の経済が成り立たなくことが予想される」と阿蘇地域が置かれる現状を説明。

 その上で、「人口減少を和らげるために何が必要かということを考えたとき、一番は仕事があることが重要だと思う。県内で考えると、菊陽町などは世界屈指の半導体メーカーである台湾のTSMCの進出などで人口が増えている。そうした地域と阿蘇の何が違うかというと、地元に仕事があるかないかという点だ。この事業では、地域課題を解決する地域イノベーションを起こし、地域に生きる『かっこいい大人』を発見・育成し、進学や就職で阿蘇を離れた子どもたちが帰ってきたくなる環境を創出することにより、本格的な人口減少社会を迎える中でも持続可能な阿蘇地域を創造することを目指しスタートした」という。

 塾では、大学や企業などの有識者による講義やケーススタディを通じ地域の活性化に向けたさまざまなことを学び、全体演習で自らの事業計画案を練り上げる。塾の特長の一つが「事業の実行率が高い」こと。参加者は地域への危機感を持ち、単純に「もうけるための計画」ではないことが大きい。加えて、金融機関が伴走してくれるのも大きい。塾では熊本県信用保証協会と日本政策金融公庫が参加し、塾生にアドバイスしている。こうした産学官金の連携が事業の実行率を高める上で貢献しているようだ。

 実際のところ、2021年度の1期生11人のうち9件の事業が既に動きだしており、うち7件については既に実現したという。例えば、産山村の井崇晃さんは、自身で栽培しているお米を使用した甘酒「うぶあま」を商品化。阿蘇DCによる販路拡大、ECサイト作成の補助金申請など伴走支援を行っており、販売も順調。また、小国町の山本美奈子さんは、小国の「地熱」を活用して、コーヒーを提供するお店を展開。各種メディアにも取り上げられるなど好評を博しているという。

 塾参加のメリットについて、興梠氏は「阿蘇地域では、人口減少だけでなく、人と人との結び付きが減っていることも大きな課題。地域でいかに交流の場を作るかは重要だ。あそ未来創造塾も単にビジネスプランを作成するだけでなく、農業、建設業、不動産業などさまざまな業種の人が参加して、積極的な交流が図られている。違う業種なのに課題は共通していたりして話し合うことで新たな課題解決のアイデアが生まれたりする。また、一つの地域だけでなく、8市町村から集まっているから、地域の中だと言いづらいことも意外と話せる」という。実際、塾の現場では、塾生が意見交換する姿がそこかしこに見られ、交流の場としての意義も実感した。

■    ■

 講師として参加するとともに、塾生へのアドバイスも行う、塾を共同主催する熊本大学の金岡省吾・熊本創生推進機構・教授は、地域の活性化について「地方創生は人口消滅を止めること。これまで、昭和40年代は就職等でみんな東京に行き、東京一極集中が進んでいた。しかし、全国総合開発計画の展開により、広域ブロックごとの中枢都市(札幌、仙台、広島、福岡)の高次都市機能が強化され、熊本であれば、高校卒業して、大学進学や就職時に福岡に行く流れになっている。さらに中学校卒業時の高校進学で、地元でなく例えば熊本市内に行ってしまう。いずれにせよ、地元の『外』に出た人は戻ってきても『熊本市内』まで。地元には戻ってこない。この流れを変え、止めるには、まず20~30代の層が地元で働くための仕事づくりが必要だ。その仕事は単に『働く』というだけでなく、胸を張って就け、誇りを持て、次の世代、子供に胸張って継がせられる『かっこいい』仕事であることが大切。そのため、この塾では、ちょっとした工夫でも構わないので、地域課題を解決するビジネスを考え、実行することを目指している。この取り組みを講義で紹介すると、大学生はとても驚き、興味を持つ。大学生は、地方が面白いとは思っていない。しかし、塾生、興梠さん、金融機関の頑張りを見聞すると『かっこいい』という。自己実現には、東京や大都市圏だと思っていたのが地方でも可能だと気付く。同様な取り組みを高校へと拡大展開している。そうすることで、中学校で出ていく人たちを止めるかもしないし、大学で出ていく人を止めるかもしれない」と語る。

 また、移住者が地域に溶け込めずに出ていってしまうことも散見する。しかし、金岡教授によると、「移住者と地域の人たちが、時にはヤマアラシのジレンマの状態に陥る場合があるが、地域の課題を解決することを目指し始めると、意外と両者が手を組めるようになる」とも語っており、地域課題を解決するビジネスの有用性の高さが伺われる。

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 取材当日は、塾の全体演習として1行コンセプトを発表。阿蘇南郷檜(なんごうひ)を活用した事業や移住前の「お試し」長期滞在をテーマにした事業などさまざまなアイデアが発表され、金岡教授のほか、日本政策金融公庫の熊本支店の馬場信義氏、熊本県信用保証協会保証部の芳本雅彦氏がアドバイスしていた。

 今後について、興梠氏はあそ未来創造塾について、3期、4期、5期とずっと続けていければ良いとした上で、「まずは第2期生11名の修了に向けてビジネスプランの磨き上げや第3期生の募集に向け努力したい」という。

 加えて、今年3月には熊本空港の新ターミナルが竣工する。また、新型コロナの影響も少しずつではあるが、緩和されつつある一方、TSMCが熊本に工場を建設中であり、稼働すれば台湾からの多くの訪日客が見込まれ、観光にも大きな影響が見込まれる。このため、TSMC進出に合わせ、台湾のインバウンド訪日客を阿蘇に送客するための事業申請も検討しているという。こうした取り組みに加え、さらなる観光情報や移住定住情報の発信を強化することで、人材の確保と地域の活性化をさらに加速させていく。

金岡教授(左)と興梠氏

 

1行コンセプト発表会の様子

 

 
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