子供たち向けに公衆電話の使い方を教える講習が開かれたとのニュースに接した。災害時や緊急時にスマホが通じなくなった場合、家族との連絡を取る手段として必要だからだ。それにしても隔世の感である。
若い世代が知らない事象は数多い。駅の改札やバスの中で係員や車掌が改札パンチという特殊なハサミで紙券に穴を開けたり、切り込みを入れていたりしたのはいつの頃までだろうか。係員の中にはリズミカルにハサミをカチカチと鳴らし、次々と切り込みを入れる名人、達人もいた。
それが、切符や定期券を自動改札機に差し込む形式にとって替わり、次には非接触型と呼ばれるスイカやパスモ、イコカなどの交通系ICカードが普及した。紙券はまだしも、改札パンチは遠い過去のものとなっている。
そして、新たな切符が登場している。モバイルチケットとかデジタルチケットの名称で広がりを見せているスマホを活用したデジタル切符だ。まだまだなじみが薄いので、筆者も関係するジョルダンの経路検索アプリ、乗換案内のモバイルチケットを例に説明する。
モバイルチケットは交通機関の1日券や週末パスをスマホ経由で購入でき、駅やバスの乗務員に見せれば利用できるチケットレス、キャッシュレスのサービスだ。水族館や博物館の入場券とセットになったモバイルチケットもある。
ジョルダンに限らず、こうしたチケットの利点は利用者、交通事業者双方にある。利用者は24時間どこからでも買える。紙券を失くすこともないし、切符や入場券を買うために窓口に並ぶことから解放される。交通事業者にとっては、窓口での切符販売の手間が省ける。また、利用状況のデータが取得でき、マーケティングに役立つ。訪日外国人対応はこれからだが、キャッシュレスで利用できるなら便利だろう。
そしてもう一つ、コロナ感染症のような事態が生じた場合、利用者と事業者の接触機会が少なくなり、感染防止につながる。
文章だけでは分からないという向きもあろうから体験を明かそう。トロッコ列車で人気の千葉県内房を走る小湊鐡道でモバイルチケットを初めて利用した。同鐡道はJR内房線の五井駅(千葉県市原市)と上総中野を結ぶローカル線だ。
都内の自宅からJRで五井駅まで行き、小湊鐡道に乗り換える。五井駅まではスイカが使えたが、小湊鐡道はスイカに対応していない。切符を買おうにも、窓口は長蛇の列だ。乗りたい列車の発車時刻が迫り、気が気ではない。乗換案内で次の列車の時刻を調べようとしたら、1日フリー乗車券が目に入った。
実は、モバイルチケットは使ったことがなかった。うまく購入までたどり着くかと不安だったが、スマホの画面の指示通りに操作した。3分くらいだったと思う。決済はペイペイ。クレジットカードも使える。思いのほかスムーズに進み、1日フリー乗車券を買うことができた。あとは、改札係にスマホの購入画面を見せて乗車するだけ。混雑をしり目に乗れたので、座ることができ、ゆったりと房総の里山を楽しめた。目的地の上総大久保は無人駅なので、列車からホームに降りてきた車掌にスマホを見せて下車した。何と簡単、食わず嫌いだった。
買い物も飲食店などの支払いも電子マネーで行うのがごく当たり前になった。しかし、スマホにアプリをダウンロードするが「面倒臭い」「デジタル音痴なのでできない」と思う人たちも多い。本紙1月30日付の1面コラム「観国之光」でもシニア層が全国旅行支援でもらえる電子クーポン券を使いこなせるかと指摘している。急速に普及する電子マネー。デジタル弱者にも優しい利用法であってほしい。
(日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長)