【ニューノーマル 新常態の観光戦略9】GoTo再開前にバリアフリー化を 元旅行読売出版社社長兼編集長 神崎公一


 コロナ禍が拡大する前、卒寿の母と千葉県に1泊旅行をした。宿は2階建てで、10部屋ほどのこじんまりした造りだった。母とわれわれ夫婦の客室は2階だった。まずは温泉に漬かろうと母と妻が風呂に向かった。

 しばらくして戻ってきた母が感想をもらした。「お風呂は気持ちよいのだけど、湯船の周りに手すりがなくて転びそうで怖かった」。妻が手助けしたそうだが、夕食後の入浴はしたくないという。

 また、1階の食事処への行き来は階段を使わなければならず、足腰が弱くなった母にはつらそうで、われわれ夫婦が母の前後を歩き、転倒に注意しなければならなかった。

 同じようなことを10年ほど前に信州の日帰り温泉の濁り湯で体験した。この温泉は父が好んで通ったものだった。しかし、ある時期を境に父が入浴を拒むようになった。その理由は母と同様だった。「湯船で滑りそうで怖い。濁り湯で足元が見えないしな」。

 旅行関連のバリアフリーが注目されて久しい。「バリアフリーの温泉宿」を特集する旅雑誌やガイドブックも書店に並ぶ。施設の段差を極力なくしたり、車イスで移動できるよう廊下の幅を広くしたり、スタッフに介助に関する知識を学ばせたりと努力している宿も多い。観光協会などが先頭に立ってバリアフリー化を進めているケースもある。

 そうした取り組みは評価したいが、まだまだ旧態依然とした危なっかしい造りの宿も多い。数週間前に出かけた岩手と青森の湯治宿は、連泊して温泉に漬かりくつろぐのにもってこいの環境だった。お湯も実に素晴らしい。風呂、食事、昼寝、風呂の繰り返しで体の芯から疲れが取れた。

 ただ、浴場の足元は不安だった。昔ながらの素朴な木造りが売りものでもあるだけにヌメリ感があり、薄暗いうえに湯気がもうもうと立ち込めている。もう1カ所の宿は、浴槽周りの手すりも少ないし、浴槽もいきなり深くなっている。

 今回の東北の旅で、老親の不安を体感できる年齢に差し掛かったことを気づかされた。この2軒の宿はシニア層が多いだけに、私と同じ思いを抱いている利用者も多いことだろう。

 より一層のバリアフリー対策を求めたいが、それには資金が必要なのは百も承知だ。長引くコロナ禍で国内外の宿泊者数が減っており、経営を圧迫している。

 しかし、ワクチン接種も始まり、たまっている旅への希求が満たされる日は近いかもしれない。観光地や宿泊施設はGo Toトラベルの再開に大きな期待を寄せている。

 繰り返すが、経営が厳しい折に新たな設備投資などはとてもできないとの思いも理解できる。観光庁などはバリアフリー化促進の補助制度も展開している。利用者が減っている時期だからこそ、施設の改善や従業員の研修・教育はやりやすいともいえる。Go Toトラベル再開のXデーを目指し少しでもバリアフリー対策を進めてもらいたい。

 (日本旅行作家協会理事、元旅行読売出版社社長兼編集長)

 
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