【アフターコロナ・ウィズコロナ時代の観光1】茂木健一郎氏 × 山崎まゆみ氏


茂木健一郎氏(脳科学者)

旅館には新たな可能性がある 地域に溶け込む滞在が心地よい

 新型コロナウイルスがわが国の観光を取り巻く状況を一変させた。観光客を受け入れる旅館・ホテルなど事業者は、この難局にどう立ち向かえばいいのか。温泉エッセイストの山崎まゆみ氏をコーディネーターに、各界の著名人に聞くシリーズ企画「アフターコロナ・ウイズコロナ時代の観光」。1回目は脳科学者の茂木健一郎氏に登場いただいた。

対談は東京の観光経済新聞社本社で6月30日に実施

 山崎 この前、箱根の旅館「一の湯」に行ってきました。久しぶりの県をまたいでの移動で、「やっぱり旅行は良いなあ」と思いました。行った理由は、「箱根一の湯クリンリネスポリシー」の取材です。フロントにナイロンシートが張られ、従業員はフェイスカバーやマスクをされ、くつろげる場でこうしなければならないと、少し寂しい気もしましたが、しっかりと対応されていました。人々が安心して旅行に行ける、ということが定着すればいいと思います。

 茂木 インバウンドが増えて、オリンピックも控えて、これから観光がもっと伸びる、旅行文化が進化する、と思っていた矢先の出来事。皆さん呆然としていると思うのですが、いつかは必ず終わります。この難局を乗り切るために、政府がいろいろな政策を打ち出していますし、旅館の皆さんもクラウドファンディングなど、さまざまなことに取り組んでいます。乗り切った後は、きっと明るい展望が見えてくるはずです。

 「ステイホーム」でみんなが時間の使い方を見直しているようです。古来、温泉地は湯治の方が長期滞在していたのに、いつからか「1泊で豪華に」という人が増えてきました。これから長期滞在型の旅行がはやるのではないかと思います。予約サイトを見ると、長期滞在型のプランが意外と多く打ち出されており、新しい流れなのかな、という気がします。

 温泉旅館に知り合いの多い山崎さんは、どう感じますか。

 山崎 旅館の皆さんはいろいろなことをお考えのようです。例えば草津では素泊まりや1泊朝食付きが増えて、夕食にこだわらなくなってきました。コロナの前からオリンピックを意識して、多様化してきた感じです。

 あとは、環境省が提唱している「ワーケーション」。温泉旅館で仕事をする。

 茂木 昔の文豪の生活ですね。

 山崎 いろいろと試行錯誤をしている感じがします。

 茂木 ある知り合いの人が「今、滋賀県で家を探している」と言っていました。さまざまな仕事をしている人なのですが、「今回のことで、もう東京にいなくてもいいことが分かった」というのです。Zoomでの会議が普通になって、住むにも東京の駅から近いところとか、通勤に便利なところよりも、間取りがしっかりして、ちゃんと仕事ができるところの方が良いという人が増えているようです。

 旅館・ホテルに“滞在”することは、今までは特殊に思えていましたが、チョイスとして出てくる時代になったのかもしれません。

 山崎 客室に本社と通じるテレビがあって、机があるサテライトオフィス。個人的にも使ってみたい感じがします。

 茂木 旅館といえば、おもてなしというか、広い心を持っているんだなと、忘れられない出来事があります。

 2011年の東日本大震災の何カ月か後に、仕事で仙台に行き、近郊の大きな観光ホテルに泊まりました。そうしたらそこに、被災地の方々が村ごと避難されていました。ロビーに子供たちがたくさんいて、意外と楽しそうにしていたのですが、その光景が今でも忘れられません。旅館って、そういう働きもできるのかと。

 山崎 旅館は地域のランドマークで、みんなが寄り合う場所ですよね。

 茂木 観光に限らず、そういう社会的な役割が、旅館にはあるのだなと。今後の新しい可能性もそこから見えてくるのかな、という気がします。

 山崎 旅館はおもてなしのポテンシャルが高い人たちがそろっています。そういう人たちが多い場所って、良い雰囲気になりますよね。子供たちは喜びますし、大人は癒やされる。

 茂木 日本の接待文化、おもてなしって、ヨーロッパのサービスよりも、また深いものがありますね。

 山崎 今も日本全国、手ぐすね引いて、「おもてなしをしたい」と皆さん思っている。お金が入る、入らないではなく、気性として持っているんでしょうね。

 茂木 オリンピックが外国のお客さんに理解してもらういい機会だったのですが。来年、開催できることを願っています。

 山崎 外国人の戻りは相当遅くなるだろうと、今は近所の方に来ていただくために、自治体が県民向けのクーポンなどを発行しています。「マイクロツーリズム」という言葉も使われ始めました。

 茂木 いいことですね。地域への愛が深まると思うし、住民の方の理解や協力がなければ旅館・ホテルはやっていけないですよね。アジアのリゾートなどで、そこで働いている地元の人が「違う世界だ」と思いながら働くのでは、なかなか良い雰囲気になりませんよね。

 山崎 今、若手の旅館経営者の中で、「暮らし観光」という言葉が使われ始めています。地元の暮らしをそのまま見せるとか、「二次市民」のような、温泉地のファンづくりを目指しています。

 茂木 脳科学的な見地で言うと、一番リラックスできる滞在ですね。エンターテインメントが全てそろっているような滞在ももちろん楽しいのですが、地域に溶け込むような滞在も良い。多様性があっていいのではないでしょうか。毎年、長野県の湖畔で合宿をしているのですが、民宿で雑魚寝をして、ローカルのご飯を食べて。住んでいるような感じがあって、すごく心地良い。

茂木健一郎氏(脳科学者)

公的資金の注入必用 今を創造的休暇に

 山崎 旅館・ホテルが苦しい時期を迎えています。乗り越える術はありますか。

 茂木 公的資金の注入しかないと思います。これは天災です。誰のせいでもない。経営努力が足りなかったとか、甘かったからではない。

 この、コロナのトンネルを抜ければ、いろいろな楽しいことが待っている。今をどうつなぐか。公的資金を出す以外の選択肢はないと思います。

 旅館・ホテルを地域のインフラとして、もっと評価すべきです。先ほど言った震災後のホテルでの光景。私がロンドンに留学していた1990年代、B&Bの一部を行政が借り上げて、生活が苦しい人々の一時的な住まいにしているのも見ました。

 観光業や旅行業の社会的な意義も見直すべきです。

 山崎 旅館の経営者は、業界の地位向上の話をよくされます。日本人は、観光は「遊び」と思っている人がまだいて、「Go Toキャンペーン」も、「まだ早い」とか、「地域にどれだけの効果があるのか」などと言われています。

 茂木 国や地方自治体がお金を出すには大義名分が必要。自らの意義を見直し、訴えるいい機会なのかもしれません。旅館・ホテルのインフラ維持に向けた公的サポートについて、もっと議論すべきだし、観光経済新聞などの媒体を使って、いろいろとやっていくべきではないでしょうか。

 山崎 最後に茂木さんから旅館・ホテルに応援のメッセージをお願いします。

 茂木 とにかく耐えて、頑張ることだと思います。お客さんが来ないときには、来ないときだからこそできることがきっとあると思うんです。

 ニュートンはペストが流行したとき、故郷の田舎に1年半引き上げて、そこで万有引力の法則を発見しました。この期間は「創造的休暇」と言われています。

 いつか振り返ったとき、「2020年が日本の旅館・ホテルが進化する一つのきっかけだった」と言えるといいですね。

 私も宿泊客として、旅館・ホテルの皆さんを応援したいと思います。

 山崎 旅館の皆さんには、5年後、10年後の旅館像を、今のこの期間に考えていただきたいですね。個性あふれる旅館が増えることを期待しています。

コーディネーター 山崎まゆみ氏(温泉エッセイスト)

 
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