【道標 経営のヒント105】「何となくいい宿」を目指したい 福島規子


 ある居酒屋に会社名で団体宴会の予約をした時のこと。当日、ズラリと並べられたビール瓶には、会社の社屋をコピーしたラベルが貼り付けてあった。その場にいたメンバーからは「オーッ!」と歓声があがり、同社のレストランでも早速、導入することになった。

 このように分かりやすい「感動のサービス」は同業他社で簡単に模倣され、コモディティ化していく。感動のサービスとはたった1回しか効かない魔法のようなものだ。心が震えるほど感動したサービスでも2回目となると感動は半減し、3回4回と回数が増えるにつれ、感動度数は低下しサービスの輝きは徐々に失われていく。

 サービスとは目的ではなく手段に過ぎない。感動させてやると言わんばかりの分かりやすいサービスは表層的過ぎる。

 一方、日本のおもてなしと呼ばれる日本型サービスには、顧客が気付かないような伝統的配慮や状況から推察した気配りが、行為の深層に埋め込まれている。

 例えば、旅館では客を出迎える時に香を焚くが、香に火をつけるのは客が到着する90分位前。客が来館した頃には煙も消えて空中にうっすらと香が漂う程度にしておくのが狙いだ。これを空薫というが、この「何となくいい香りがする」といった「何となく」に日本のもてなしの真髄がある。

 これみよがしに仕組まれた可視化されたサービスではなく、「うまく説明できないけれど、何となくいい」と評される不可視のサービスによって成立するのが日本のもてなし方と言えよう。また対人接客においてさまざまな場面で生産される不可視のサービスは、相互に連結かつ補完しながら顧客の要望に応えていく。

 接客サービスを例にあげると、接客係が御櫃(おひつ)に入れたご飯を席に持っていきその場でよそって差し上げた場合、通常は「お代わりもございますので、どうぞ」と御櫃(おひつ)としゃもじを席に置いてくる。しかし、一度ご飯をよそったしゃもじ(特に木製のもの)にはご飯粒がへばりついていて、案外、よそいにくいし、見た目もよろしくない。

 そこで、接客係は1膳目をよそったしゃもじと、お代わり用として別のしゃもじをそっと入れ替えるのだ。

 お代わりを装う顧客がこの気配りに気付くか否かは顧客次第だが、「ご飯を用意する」という行為に埋め込まれた「お代わり用のしゃもじ」が不可視の配慮として「うまく説明できないけれど、何となくいい」という満足を引き出すきっかけとなれば有り難い。
 宿泊して初めて良さが分かる、何となくいい宿を目指したい。

 
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