ブース前で英語ガイドを行う生徒
2026年2月28日、春の訪れを告げる梅の花がほころぶ太宰府天満宮(福岡県太宰府市)周辺は、例年以上の熱気に包まれていた。2月最終土曜日となったこの日、快晴の空の下、合格祈願の受験生や韓国、台湾、欧米からのインバウンド客が参道を埋め尽くした。
現在、世界的な観光地が直面している最大課題の一つが「オーバーツーリズム(観光公害)」である。太宰府においても参道周辺への一極集中は顕著であり、混雑緩和と地域内での回遊性向上が急務となっている。その雑踏の中で、ひときわ熱心に、かつ流暢な英語で観光客に語りかける若者たちの姿があった。リンデンホールスクール中高学部の生徒たちによる「太宰府観光周遊のガイドプロジェクト」の現場である。
「日本遺産取り消し」をバネに、生徒が動く

国内外の多くの観光客が押し寄せる太宰府の門前町
本プロジェクトが始動した背景には、地域が直面した厳しい現実がある。かつて太宰府市を含むエリアは日本遺産に認定されていたが、観光客の周遊促進が不十分であることなどを理由に、認定取り消しという結果を突きつけられた。特定地点への集中、すなわちオーバーツーリズムの状態にありながら、周辺の史跡へ足が向かない「点」の観光からの脱却ができなかったことが要因の一つとされる。
この事態に立ち上がったのが、地元で国際教育を実践するリンデンホールスクールの生徒たちだ。同校の濱田慎也教諭は、「地元の若い学生が問題意識を持ち、課題解決の一助になればと考えた」と語る。単なる語学学習の枠を超え、地域の文化資源をいかに守り、伝えるか。その「探究学習」の成果を社会に還元する試みとして、本プロジェクトは太宰府市の助成金も受けている。
デジタルとリアルを融合させた「分散型観光」の提案
今回の取り組みの肝は、混雑が集中する天満宮周辺から、歴史的価値の高い周辺スポットへいかに人の流れを作るかという「分散型観光」の実践にある。生徒たちは5つのグループに分かれ、九州国立博物館、観世音寺、大宰府政庁跡、戒壇院、そして天満宮と、広範囲にわたるガイドルートを設定した。
特筆すべきは、AR(拡張現実)技術やデジタルスタンプラリーの導入だ。スマートフォンを活用したこの仕組みは、楽しみながら歴史スポットを巡る動機付けとなっており、天満宮参道から離れた史跡にも観光客の足跡を広げる一助となっていた。デジタルネイティブ世代らしい発想で、歴史への没入感を高める工夫を凝らしている。濱田教諭は「デジタル化は一つの手段。それ以上に、生徒たちが自ら課題を認識し、苦労して準備した過程に将来へつながる意義がある」と、その教育的効果を強調する。
「翻訳」の壁を越え、文化の核心を伝える

ブース前で英語ガイドを行う生徒
実際にガイドに当たった中学2年生の生徒は、晴れやかな表情でこう語った。「普段の勉強で培った英語を活用できるのは嬉しい。でも、太宰府の歴史や文化を正しく英訳して伝えるのは本当に難しかった。その分、たくさん自分たちで時間をかけて調べながら、このプロジェクトに取り組んだ」。
その「難しさ」こそが、本プロジェクトの本質だろう。歴史用語を直訳するだけでは、背景にある精神性までは伝わらない。生徒たちはネイティブ教員のチェックを受けながら、言葉の精査を繰り返した。対象は外国人だけではない。日本人の観光客に対しても、英語と日本語を織り交ぜながら、地域の魅力を再発見してもらうためのアプローチを試みていた。
世界へと続く「伝統×英語」の足跡

欧米の観光客とにこやかに記念撮影
同校の活動は、ガイドの枠に留まらない。去る2月9日には、福岡で開催された「世界観光ガイド連盟(WFTGA)総会」のオープニングセレモニーにて、同校生徒による英語歌舞伎『車引(くるまびき)』が上演された。歌舞伎俳優・中村壱太郎氏の監修を受けた本格的なパフォーマンスは、世界中の観光プロフェッショナルから喝采を浴びた。
今回の28日のガイドプロジェクトは、そのグローバルな視点を、足元の「地域」へと着地させた形だ。国際舞台での発信と、地域課題へのコミットメント。この両輪が、生徒たちの国際感覚をより強固なものにしている。
取材の途中、生徒たちが観光客と笑顔で記念撮影に応じる光景を目にした。地域の「日本遺産」という誇りを取り戻すための挑戦は、次世代の手によって着実に、そして軽やかに動き出している。太宰府の梅が香る季節、若きガイドたちの声が、歴史の街に新しい風を吹き込んでいた。
【九州支局長 後田大輔】




