【VOICE】「揚輝荘」を地域のまちづくり拠点に 揚輝荘管理事務所 副館長 萩野下 進氏


萩野下氏

名古屋の丘陵地「覚王山」に今も残る日本庭園と建造物

 揚輝荘は、「松坂屋」初代社長伊藤次郎左衛門祐民が、大正から昭和初期にかけ約20年の歳月を費やして築いた池泉回遊式日本庭園と江戸時代以降の建物などをご覧いただくことができます。

 昭和14(1939)年ごろの建物が一番多かった時には、約1万坪(約3万5千平方メートル)の敷地に三十数棟の建造物が存在していました。

 その後戦争による空襲被害、建物の老朽化のほか開発などの影響で、敷地並びに建物の大半が失われました。

 しかし、現在もその主要部分は残され京都の修学院離宮の作庭思想を模したといわれる池泉回遊式庭園の中に5棟の建造物(聴松閣、揚輝荘座敷、伴華楼、三賞亭、白雲橋)が名古屋市指定有形文化財に指定され、名古屋市民にとっての貴重な財産となって覚王山の閑静な住宅地の中にたたずんでいます。

 平成25(2013)年には、弁柄色につつまれた山荘風の洋館「聴松閣」が一般公開されました。

 インド、中国、英国、和風の個性豊かな意匠をミックスした伊藤次郎左衛門祐民の思いがいっぱい詰まった迎賓館として、地域の歴史文化を伝えながら来館者を出迎えております。

 揚輝荘を営んだ伊藤家15代当主伊藤次郎左衛門祐民は、明治11(1878)年名古屋茶屋町(現在の中区丸の内2丁目)に生を受け、成長とともに実家「いとう呉服店」の経営に携わるようになります。

 祐民は、江戸時代からつづく「いとう呉服店」を株式会社に切り換えたり、名古屋初となるデパートメントストア形式の店舗を名古屋の中心地栄に開店したり、さらには「いとう呉服店」の屋号を「松坂屋」に切り換えるなど事業の拡大とともに大きな組織改革を推し進めました。

 また、祐民は名古屋商業会議所(現:名古屋商工会議所)の副会頭ならびに会頭に就任し、名古屋経済界のリーダーとして名古屋駅の改築や名古屋観光ホテルの建設推進、和合ゴルフ場などの建設にも携わり、名古屋の近代化、国際化に尽力した人でした。

 郷土名古屋の偉人先人としての伊藤次郎左衛門祐民、そしてその伊藤次郎左衛門祐民の思いが惜しみなく詰め込まれた揚輝荘を、名古屋覚王山の観光施設としてさらに多くの方々に知っていただくとともに、地域の誇りの再発見となるべく「地域まちづくり拠点」として活用していく手法を鋭意見つけてまいりたいと考えます。


萩野下氏

 
 
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