私の視点 観光羅針盤
田中角栄氏はかつて「政治は数、数は力、力は金」という言葉を遺したが、高市首相はお金を使うことなく、イメージ選挙で自民党を歴史的圧勝に導いた。まさに「数は力」であり、あたかも「高市早苗の天下」が到来したかのような異様な政界状況が生じている。
天下無双の高市首相は2月20日に国会で施政方針演説を行った。施政方針演説は内閣総理大臣が国会でその年に取り組む国政上の重要政策や基本方針を明らかにする極めて重要な演説である。高市首相の演説は約1万3千字に及び、多様な内容を含んでいた。
私は高市首相の「観光」に対する意見に焦点を絞って演説をチェックした。全く残念ながら、長文の演説の中で「観光」への言及はたったの1カ所のみだった。「また、地方への誘客の促進などのオーバーツーリズム対策を強化しつつ、持続可能な観光を推進します」という言及のみだ。昨年の自民党総裁選の際の観光に対する冷ややかな対応が継続していることに強い落胆と危惧を禁じ得ない。
首相は「日本列島を、強く豊かに」を使命として「日本の総合的な国力(経済力、技術力、外交力、防衛力、情報力、人材力)を徹底的に強くしていく」と述べているが、一方で「少子化・人口減少はわが国の活力をむしばんでいく『静かな有事』です。人口減少に対応した社会経済を再構築する対策も必要」と言及。
この点については既に小泉政権の下で2006年に「観光立国推進基本法」が制定され、人口減少に対応した社会経済の在り方として観光立国が推進されてきた。日本国家において「立国」が明示された法律として最初に制定されたのが「観光立国推進基本法」であり、観光関係者が勝手に「観光立国」を唱えているのではなく、法律に基づく由緒正しい国家政策である。
首相は地域未来戦略として「多様性に富んだ地域の魅力や文化・スポーツを生かした地域活性化も進めます。食や伝統芸能を含めた文化財の継承・保存・活用をはじめとした文化芸術政策を推進します」と述べているが、これらの事業は既に安倍政権・菅政権の下で観光立国政策の一環として実施されているにもかかわらず、あえて「観光」という文言を忌避している。
首相は官民連携による投資促進について「17の戦略分野については・・多角的な観点から総合支援策を講じます」と述べているが、「観光」は17の戦略分野に組み込まれていない。
高市首相は強い経済力の創出にこだわっているが、現実には円安や輸入インフレで日本の家計は困窮している。実需として円を弱くする「輸入」に対して観光は輸出産業としての役割を担っている点が重要だ。訪日外国人によるインバウンド消費は外貨獲得で貢献している。25年の日本のモノ・サービス輸出統計では、1位は自動車完成車17兆6千億円、2位インバウンド消費9兆4千億、3位半導体等電子部品6兆6千億、4位鉄鋼3兆9千億、5位自動車部品3兆6千億の順。インバウンド消費は日本の家計を円安や輸入インフレから守っており、極めて重要な役割を果たしている。
観光庁や観光業界の幹部はあらゆる手立てを講じて、高市首相に「国家政策としての観光立国」の重要性を丁寧に説明すべきだ。高市政権の長期化によって観光立国がもろくも瓦解しかねない危惧を禁じ得ない。
(北海道大学観光学高等研究センター特別招聘教授)




