私たちは、現場で集めた声(アンケート)と、回答データをExcelで整理した数字(集計・検証)を重ね合わせて、「お客様が“また来たい”と思う理由」を一枚の図にまとめました。たくさんの項目を並べても改善は進みません。そこで、関係が強いもの同士を束ね、最後に残った“骨格”が「2次元ホテルモデル」です。結論から言うと、ホテルの評価は「点数」ではなく、方向と強さを持つ“矢印”=ベクトルで動いていました。だから、私たちの仕事は“点を上げる”ではなく、“矢印を上向きに動かす”ことになります。

図には二つの矢印があります。一本目(縦の矢印)は、「コンセプト(約束・世界観)」と「体験(現場で起きたこと)」の距離を表します。パンフレットやWebで約束した世界観が、実際の体験で裏づけられるほど、矢印は上向きに強く伸びます。逆に、約束が立派でも体験が伴わなければ下向きに動きます。たとえば「静かな大人の滞在」をうたっているのに、ロビーが騒がしく案内も追いつかない。「丁寧なおもてなし」を掲げているのに、チェックインが事務処理のように感じられる。こうした“ズレ”は、設備の豪華さ以上に記憶に残ります。縦の矢印は、私たちが日々の所作で縮めたり、広げてしまったりする距離なのです。
二本目(横の矢印)は、「時間」です。来る前→到着→滞在→出発と、時間が進むほど評価は積み上がります。アンケートでも、待ち時間や初期対応がストレスになりやすいこと、最後の印象が強く残ることが繰り返し示されました。つまり、お客様の記憶は体験の“合計”というより、流れの中の「山と谷」で決まります。最初の数分で安心が立ち上がれば、その後の小さな不手際は吸収されます。反対に最初で不安が残ると、同じ出来事でも厳しく見られます。横の矢印は、私たちが“山と谷”をどう設計するかを示しています。
この2本の矢印を動かしている力が、ハード(設備)、ソフト(運用・手順)、ヒューマン(接客)です。ここで、添付いただいたベクトル理論を踏襲します。逆三角形の三頂点(ハード・ソフト・ヒューマン)から反対側の辺に向けて垂線を下ろすと、その垂線は「その要素が全体を支える力の出方」を示します。三本の垂線が同じ長さで中心に集まるとき、バランスが取れて“安心感”が安定して立ち上がります。反対に、どれか一本が短いと、そこが弱点になって体験が割れやすい。一本だけ長すぎると、突出しているのに他が追いつかず、「立派なのに惜しいホテル」になりやすい。改善のコツは、強い所をさらに伸ばすより、短い垂線を補い、歪みを中心に戻すことです。
典型的な歪みを三つ挙げます。①ハードが強いのにソフトが短い:設備は良いが案内や清掃、待ち時間で評価が落ちる。②ソフトが整っているのにヒューマンが短い:手順は正しいが、声かけ・表情・気づきが弱く“冷たいホテル”に見える。③ヒューマンが頑張っているのにハードが追いつかない:スタッフで挽回しているが、客室や共用部の使いにくさが最後に残る。どれも、現場では「あるある」です。三角形で見える化すると、議論が“犯人探し”ではなく“構造の修正”になります。
現地アンケート調査結果で特に目立ったのは、ヒューマン(接客)と客層の印象です。接客に関する評価は「また来たい」と強く結びつき、さらに「客層が整っている(落ち着く、安心できる)」という印象も再来訪意向に効いていました。これは、私たちスタッフが日々つくっている空気そのものが、ホテルの価値になっている、ということです。客層は“運”ではありません。案内の仕方、館内での声かけ、マナーの伝え方、混雑のさばき方で、場の雰囲気は変わります。
では明日から何をすればいいか。答えはシンプルです。
①最初の3分:挨拶、目線、声量、笑顔。到着直後の不安を“安心”に変える。
②待ち時間:一言の説明と見通し提示。「今◯分です」「お掛けになってお待ちください」を言えるかで矢印が変わる。
③滞在中:小さな一貫性(言葉づかい、館内の案内、音・香り・照明の整え)。コンセプトを体験で裏づける。
④最後の30秒:チェックアウトの一言、見送り、感謝。余韻が次の予約を連れてきます。
このモデルは、現場の“勘”を、誰でも共有できる言葉にした設計図です。朝礼で「今日は縦の矢印を上げる一言は何か」「横の矢印の谷(待ち・迷い)はどこか」「三角形の短い垂線はどれか」を確認するだけで、チームの焦点がそろいます。私たちが毎日動かしているのは、たった2本の矢印――「約束と体験を近づける矢印」と「時間の流れで信頼を積む矢印」。その矢印を、今日の接客と運用で、確実に上向きへ動かしていきましょう。




