「温泉地は温泉の熱、木のぬくもり、人の温かさ」 第21回「チーム新・湯治」セミナーで国民保養温泉地の現状と課題を議論


杏林大学外国語学部観光交流文化学科教授の小堀貴亮氏

 環境省は1月27日、第21回「チーム新・湯治」セミナー都内で開いた。環境省自然環境局温泉地保護利用推進室室長の村上康則氏による主催者あいさつに続いて、杏林大学外国語学部観光交流文化学科教授の小堀貴亮氏が「国民保養温泉地の現状と課題」を講演。事例発表として、一般社団法人由布市まちづくり観光局事務局長の生野敬嗣氏が「オンリーワンの滞在型保養温泉地を目指して(大分県・湯布院温泉)を、酸ヶ湯温泉株式会社営業企画室係長の高田慎太郎氏が「酸ヶ湯温泉における湯治文化継承について」をそれぞれ発表した。講演者によるパネルディスカッションも行われた。

国民保養温泉地とは——温泉法に基づく環境大臣指定

 開会の挨拶で環境省の村上室長は、「国民保養温泉地は、温泉法に基づいて国民の保健休養に重要な温泉地を環境大臣が指定するもので、現在79カ所が指定されている」と説明した。国民保養温泉地は単に温泉の湧出量や泉質が優れているだけでなく、自然環境や街並み、歴史文化などの点で保養地として優れた特性を持つ。

 また村上室長は、「昨年11月、日本の温泉文化をユネスコ無形文化遺産に提案することが政府として決定された」と報告。国民保養温泉地は温泉文化の保存継承の場として大いに期待されていると述べた。一方で「環境省の力不足だが、その趣旨や価値が国民の皆様に十分知られておらず、保養温泉地としての機能が十分に発揮されていない」という課題も指摘した。

環境省自然環境局温泉地保護利用推進室室長の村上康則氏

 

国民保養温泉地の現状と課題——第1号指定は酸ヶ湯と湯の平

 基調講演で杏林大学の小堀教授は、国民保養温泉地の歴史と現状について解説した。国民保養温泉地は1954年に酸ヶ湯温泉と湯の平温泉が第1号に指定されて以来、かつては92カ所まで増えたが、現在は79カ所にまで減少しているという。

 「国民保養温泉地は過去の制度ではない」と小堀教授は強調する。指定基準は時代とともに厳格化され、温泉の湧出量や泉質、自然環境に加え、医療的な指導体制や衛生管理、バリアフリー対応、災害対策なども重視されるようになった。特に2004年に国庫補助制度が廃止されたことも影響し、指定数は減少傾向にある。

 認知度についても課題があるという。小堀教授の研究室が行った最新の調査では、「国民保養温泉地を知らない」と答えた人は20代では88.9%、全体でも74.6%に上った。20年前の調査と比較してもほとんど認知度は高まっていない状況だ。

 今後の方向性として小堀教授は、「SNS映えするキャッチコピーの活用」や「インバウンド対応のための公式英語表記の検討」を提案した。「世界に発信することで、反動で国民全体にも国民保養温泉地の価値が浸透するのではないか」と述べた。

杏林大学外国語学部観光交流文化学科教授の小堀貴亮氏

 

湯布院温泉の挑戦——「オンリーワンの滞在型保養温泉地」へ

 湯布院温泉は1959年(昭和34年)に国民保養温泉地に指定された。由布市まちづくり観光局の生野局長は、湯布院温泉の歴史と取り組みを紹介した。

 かつては「奥別府」と呼ばれ、隣接する別府温泉に霞む特色のない田舎の温泉町だった湯布院。転機となったのは、ゴルフ場建設計画に対する自然保護運動だったという。「自然を壊して施設を造るのが当然という時代の風潮の中、反対運動を展開したことで全国に湯布院温泉の名前が知られるようになった」と生野氏は説明した。

 その後、「明日の由布院を考える会」が発足し、当時の町長らがドイツの保養温泉地を視察。特にドイツのバーデンヴァイラーという小さな町の「自然豊かな景観と静けさを守るために、車を締め出し、質の高いサービスを行う」という姿勢に影響を受けたという。

 湯布院の特徴として生野氏は、①歓楽街のない温泉地、②アーバンな田舎まち、③「由布院らしさ」を守る景観づくり、④健康と保養を重視した取り組みを挙げた。特に景観については「ゆふいん建築・環境デザインガイドブック」を作成し、建物の高さを低く抑え、看板サイズも小さくすることで由布岳への眺望を守るなど具体的な指針を示しているという。

 現在の湯布院は人口約1万人の町に年間約400万人の観光客が訪れる人気温泉地となった。一方で課題も指摘され、「一部エリアでのオーバーツーリズムの発生」や「外国人観光客の急増による影響」を挙げた。特に外国人観光客の約8割が日帰り団体客で温泉には入浴しないという現状について、「数に見合った消費があるわけではなく、費用対効果という部分で考えると正直見合ってはいない」と生野氏は率直に語った。

 

酸ヶ湯温泉の取り組み——当時文化継承への挑戦

 酸ヶ湯温泉は1954年に国民保養温泉地第1号に指定された歴史ある温泉地。高田係長は「国民保養温泉地は地域のPRに活用していない」と前置きしつつも、「当時宿だという心持ちで守っている」と述べた。

 インバウンドについては「酸ヶ湯はメディアに取り上げられることが多く、インバウンドがすごいと思われがちだが、実際は宿泊客の1割程度」と現状を説明。さらに「インバウンドに偏りすぎるとここの文化がなくなってしまう。インバウンドに来てもらうためにも、まず日本人に来てもらいたい」という考えを示した。

 当時文化の継承として特徴的なのが「ヒバ千人風呂」を巡る取り組みだ。環境省の「10年後の混浴プロジェクト」の一環として「湯あみ着の日」を設定し、男女とも湯浴み着を着用して入浴できる日を設けた実証実験を行った。「男性からは『なんで湯あみ着を着なければいけないのか』という声もあったが、女性からは『見られたくないだけでなく見たくもない』という反応があった」と高田氏は説明。実験を経て現在は「湯あみ着」のレンタル化を進めているという。

 また高田氏は「豪雪地帯だからこそできる取り組み」として、「吹雪の中で座禅する『極寒座禅会』」や「イグルー作り」、「スノーハイク体験」など、雪を活用したユニークな活動を紹介。「体験した人からは『雪が自分に降り積もる音が聞こえた』『遠くで水が流れる音や人の話し声が聞こえた』など、チラシには書いていないことに気づく反応があった」という。

 高田氏はこうした体験から「当時場の風情をつくっているのは視覚的なものではなく聴覚的なもの、音なのではないか」と気づいたという。「湯口から出てくる温泉の音」「湯煙の中で聞こえる話し声」「廊下の足音」「炊事場から聞こえる包丁とまな板がふれ合う音」など、「魅力と認識されていない人や自然環境が発する音が当時場の風情をつくっている」と高田氏は分析した。

 

パネルディスカッション——国民保養温泉地のメリットとデメリット

酸ヶ湯温泉株式会社営業企画室係長の高田慎太郎氏(左)、一般社団法人由布市まちづくり観光局事務局長の生野敬嗣氏(右)

 

 セミナー後半のパネルディスカッションでは小堀教授がコーディネーターを務め、国民保養温泉地のメリットとデメリットについて議論が交わされた。

 酸ヶ湯温泉の高田氏は「初めて来た方や知らない人に紹介するときに、国民保養温泉地の第1号なんだぞと紹介しやすい」とメリットを強調。「なぜここが一番に選ばれたのかな」と考えた時に「国立公園の中にあるというのが一つの理由かな」と述べた。一方で「国民保養温泉地のデメリットというより、国立公園の中にあるという法律的な難しさがある。古いものを簡単に直せない、建物の改修に制約がある」と課題を挙げた。

 湯布院温泉の生野氏は「以前はやはり国民保養温泉地になったからこそ皆さんに知っていただく機会になった」としつつも、「それが今になっているかどうかというところがある」と認知度の低下に懸念を示した。また「国民保養温泉地だからといって何か引っかかることはない」としながらも「自治体や申請団体の負担になる面はあるかもしれない」と行政手続きの課題に触れた。

 新たな当時のあり方については、生野氏が「昔ながらの当時をそのまま今の人に『これが湯治だよ』と言っても、実際長期滞在できる人は少ない。新当時という考え方はすごいヒントになる」と述べた。高田氏も「自然にここに来て過ごす、それ自体が当時なのではないか」と当時概念の拡張を提案した。

 環境省の村上室長は「地域の温泉の個性をしっかり大事にして磨き続けていく、それをしっかり伝えていくことが大事」と強調。国民保養温泉地の5年ごとの計画見直しの負担にも触れ、「支援できる予算とかそういうところもしっかり検討していきたい」と述べた。

地域交流の重要性——温泉と人の温かさが湯治の本質

 セミナーを通じて浮かび上がってきたのは、国民保養温泉地の価値向上には「地域との交流」が欠かせないという点だ。高田氏は「当時に必要なものは何か」を問いかけ、「いい温泉があるだけではダメで、周りの自然だけでもダメ。結局、人との交流が必要」と結論づけた。

 自動チェックイン機の導入中止の理由として高田氏は「お客様との接する時間を削減していた」点を挙げ、「ここで大事なのは人と人との関わり」だと強調。部署を問わず、スタッフ全員で部屋案内をするなど、人と人との交流を大切にする姿勢を紹介した。

 最後に高田氏は「当時に必要なのは、温泉の熱、木のぬくもり、人の温かさ」というキャッチフレーズを提案。「当時は人が本来持つ感性を活性化させ、心身ともに健康につながる」と締めくくった。

 外部からの専門家や地域住民の交流が温泉地の発展に不可欠という点は湯布院温泉の事例にも通じる。生野氏は湯布院の発展の鍵として「外部の専門家なども加わることで、小さな田舎の閉ざされた社会が大きな刺激を受け、次々に新しい考え方や思想を取り入れた」点を挙げた。

 国民保養温泉地は単なる観光地ではなく、温泉を核とした保養の場として、また地域文化や歴史を継承する場として、さらに人と人との交流を促す場として、その価値を再評価し、発展させていく必要性がこのセミナーで改めて確認された。

パネルディスカッション

【kankokeizai.com 編集長 江口英一】

 
 
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