多くのホテルは客室単価を決めるとき、周辺競合の単価比較分析に時間や労力を使っているものと思います。それらはもちろん、マーケットの相場を知るという意味では必要でしょう。競合単価は、イベント、曜日、天気、交通、団体需要などで価格は揺れ、また、市場が「熱いか冷たいか」を測る体温計でもあるからです。
しかし、競合比較に力を入れすぎると、単価を上げるために一番重要な仕事が後回しになってしまう可能性はないでしょうか。
相場を追い続けても、自社の価値が変わらなければ、最後は合わせるか下げるかの微調整に終わります。短期の稼働を作るには役立っても、長期で「高くても選ばれる状態」は作れません。単価を支えるのは、お客様が「この価格なら払ってもいい」と感じる体験価値です。単価を強くしたいなら、そもそも、相場追随の前に、体験価値を上げる設計と運用に集中すべきではないかとも考えられます。
1.新たな戦略
なぜ現場は競合比較に寄ってしまうのでしょうか。理由は、それらが、分かりやすく、数字がすぐ出るからではないでしょうか。
数字は「いま」の答えであって、「これから」の答えではありません。根本的に安定的に単価を上げるには、まず体験を変え、次にそれを継続し、最後に信頼として積み上げる視点を重視する必要があるのではないでしょうか。それら取り組みには、時間がかかります。時間がかかる仕事ほど、忙しい現場では後回しになりやすい。だからこそ、時間がかかる仕事を回すための“枠”が必要で、その枠が以下の「ホテル概念フレームワーク」として今回ご提案させていただきます。
2.「ホテル概念フレームワーク」とは
本稿でいう「概念フレームワーク」とは、複雑な現象を理解・説明・比較するために、重要な概念とその関係性を整理したものであり、今回では、ホテル運営におけるハード・ソフト・ヒューマンの関係性を構造として整理し、持続性や満足度の発現条件を説明するための思考の枠組みと定義しておきましょう。
ここから、抽象化図(三角形)で考えてみます。

三角形の各頂点はハード、ソフト、ヒューマンです。ハードは建物・設備・客室などの物理品質。ソフトは運用・清掃・案内・手続き・ルールなどの仕組み。ヒューマンは接客の愛想ではなく、観察、判断、気配り、例外対応、引き継ぎまで含む人の力です。三要素は足し算ではありません。どれか一つが強くても、残りが弱いと体験が割れます。体験が割れると「当たり外れ」が生まれ、単価の上限が決まるはずです。逆に三要素のバランスが取れると、図の中心にある「安心感+顧客満足」が立ち上がります。単価は、顧客満足度から、つまりこの中心から生まれるものとも考えられます。
図の①②③は、三角形が歪む典型パターンだと捉えると分かりやすいです。例えば①ハードが先行しても、ソフトが追いつかなければ、設備はあるのに使いにくい、説明が分かりにくい、清掃にばらつきがある、という形で不満が出ます。②ソフトが整っても、ヒューマンが弱ければ、例外の場面で対応が割れ、同じ料金なのに印象が変わります。③ヒューマンが頑張っても、ハードが弱ければ、努力が補填になり、疲弊し、繁忙期に崩れます。どれも中心の安心感を削り、結果として単価の耐性を弱くしてしまう可能性があります。ですので図の⑦「三要素均衡および持続可能性」が要で、単価は“強い要素を伸ばす”だけではなく、“歪みを直す”ことで強くなるとも考えられるのです。
3.「概念化することの意義」
この図が重要なのは、単価の話を「数字」から「原因」に戻す点と言えます。競合比較は外を見る作業です。一方で三角形は中を鍛える作業と言えます。外を見すぎると、会議は「Aが下げた」「Bが上げた」「うちはどうする」で止まります。誰も正解を持っていないので消耗してしまうこともあるでしょう。三角形を軸にすると会話が変わるはずです。「今週はハード・ソフト・ヒューマンのどこが崩れているか」「中心の安心感を削っている要因は何か」「改善が“続く形”になっているか」。価格は「合わせる数」から「価値の検証」に変わるかもしれません。
図の内側には、「客層」、「ブランド」、「人格」が置かれています。まず「客層」は「誰に届けたいホテルか」を決めることです。万人受けではなく、「このホテルは誰のどんな不便を減らすのか」を一文で言える状態にします。結果として現れる「客層」が曖昧だと、ハード投資も、運用改善も、接客方針も、全部が散っていきます。散ると中心の安心感は生まれにくい。だから最初に客層を固定し、それを実際に顧客に感じてもらう必要があります。
次に「ブランド」です。ブランドはロゴや広告の言葉ではありません。客層に対して「私たちは何を約束するか」を短く固定した“約束の文章”であり、体験を通じて上記同様、顧客に感じてもらいます。「ブランド」があると、現場の判断が早くなります。何を優先するか、何を削るか、迷ったら約束に戻れます。これがソフトの強さになります。同時に、やることが揃うのでヒューマンの判断も揃い、ハード投資もブレません。ブランドは三角形を同じ方向に向ける力となるでしょう。
そして「人格」です。ここで言う人格とは、顧客がホテル体験を通じてぼんやり感じ取る「このホテルっぽさ」です。人ではないが、ホテル全体ににじむ性格であり、空気感、判断の一貫性、細部の揃い方として現れます。たとえば、説明が短い、迷いが少ない、言葉の温度が同じ、例外時の対応がブレない、困ったときの助け方が早い。こうした“体験のクセ”が積み重なってそのホテルの「人格」になります。「人格」が強いホテルは、言語化できなくても「ここなら大丈夫」と感じさせます。この「大丈夫」が安心感であり、安心感が満足を支え、満足がレビューを支え、レビューが信頼を支え、信頼が単価を支えます。
逆に、上記「人格」が弱いと何が起きるか。体験の芯が定まらず、日や場面で印象がぶれます。良い日もあるが、別の日には落ちる。担当者や混雑で品質が変わる。するとお客様は「当たり外れのあるホテル」と感じます。当たり外れがあるとレビューは割れます。割れたレビューは資産になりません。信頼も積み上がりません。だから図にある「逆三角形成就=持続性」が重要になります。「人格」は精神論ではなく、「持続性=再現性」のことです。「誰がやっても、忙しくても、同じ体験が出る」状態がホテルの「人格」に繋がるのです。
ここで、三角形の「均衡」と「持続性」を実務に落とします。三角形の点検をするということです。難しい採点は不要です。ハード、ソフト、ヒューマンをそれぞれ「強い・普通・弱い」の三段階で見ます。ここで大切なのは、弱点を一つに絞ることです。現場は忙しく、課題が多すぎると動けません。たとえばハードが弱いなら、まず睡眠を邪魔している一つを潰す。騒音、温度ムラ、照明の疲れ、動線の詰まりなど、原因を一つに決めます。ソフトが弱いなら、迷いを生む一つを潰す。案内が長い、手続きが多い、清掃品質が日で違う、トラブル時の手順が曖昧など、原因を一つに決めます。ヒューマンが弱いなら、判断が割れる場面を一つに絞って揃える。チェックイン説明、遅延到着時、連泊時、クレーム初動など、例外の扱い方を短い言葉で統一します。毎週一つ、三角形の歪みを直す。これが図の時間軸です。
次に、改善を「人格」として定着させます。改善は「やった」だけでは足りません。「続く」状態にして初めて価値になります。続かない改善は、客から見ると“たまたま良かった”で終わります。続く改善は“このホテルはいつもこうだ”になります。ここでブランドの約束が効きます。約束に沿った改善だけを選び、手順を短くし、引き継ぎを残し、例外時の判断を固定する。すると「人格」が濃くなり、中心の安心感が強くなります。
もう少し、現場での“見え方”を具体にします。例えば、客室設備は新しく、部屋もきれい(ハード強)なのに、案内が長くて分かりにくい、チェックインの説明が人によって違う、連泊時の清掃ルールが伝わらない(ソフト弱)というホテルがあります。お客様は設備の良さより先に「よく分からない」「不安」を感じます。中心の安心感が立たないので、価格に納得しにくい。ここでは値付けの工夫より、ソフトの整備が単価に効きます。逆に、運用は整っているのに、担当者が変わると対応が割れる(ヒューマン弱)場合もあります。お客様は“人”というより“ホテル”に期待しているので、ぶれた瞬間に人格が薄く見えます。「ここなら大丈夫」が消えると、単価はすぐに厳しくなります。
図の矢印を「時間」として読むと、さらに整理できます。上手くいっているホテルは、改善が点で終わらず線になり、線が面になっていきます。つまり、単発の施策ではなく、繰り返しの運用として定着しています。ここで誤解しやすいのが「豪華にすれば単価が上がる」という発想です。豪華にすること自体は悪くありません。ただ、三角形のどこかが弱いまま豪華にしても、中心の安心感は育ちません。豪華さは“見える価値”ですが、単価を支えるのは“続く安心”です。続く安心は、均衡と持続性からしか生まれません。
実務の最小ツールとしては、三角形のミーティングを10分で回すのが効果的です。1)今週、中心の安心感を削った出来事は何だったか。2)それはハード・ソフト・ヒューマンのどこに属するか。3)来週1つだけ直すなら何か。4)それはブランドの約束に沿っているか。5)続く形(手順・共有・引き継ぎ)にできているか。この5問だけで、議論は相場から原因に戻り、改善が「人格」として積み上がります。
競合比較をするなら、目的を一つに絞ります。比較表を作ること自体が目的になると、行動が止まります。表は最小にし、意思決定は三角形で行うというのも新たな戦略かもしれません。
最後に結論です。客室単価は周辺競合の単価比較と無関係ではありません。しかし主因でもありません。単価を形成するのは顧客視点の体験価値であり、その価値はハード、ソフト、ヒューマンの均衡で中心の安心感が生まれ、客層とブランドで方向が揃い、ホテルの「人格」として一貫して再現され、時間の中で信頼が積み上がったときに強くなります。競合比較は体温計として、それ自体は、これまで通りに使用する。残りの時間は三角形に使う。均衡と持続性を作り、中心に安心感を据える。これが競合追随とは異なる、積極的な単価形成戦略といえるのではないでしょうか。
4.逆三角形と垂線による「力のベクトル」
ホテル概念フレームワークの核心は、ハード・ソフト・ヒューマンの3要素が「逆三角形」を描き、その均衡状態を「垂線」によって可視化できる点にあります。
(1)各頂点からの垂線が示すもの
逆三角形の各頂点から対辺へ降ろす垂線は、それぞれの要素が持つ「力」を表します。この垂線の長さこそが、各要素の実質的な影響力(ベクトル)であり、他の2要素をどれだけ支えているかを示す指標となります。
- 上頂点からの垂線(ソフトウェアの力):サービスの質が、ハード×ヒューマンという底辺をどれだけ支えているか
- 右下頂点からの垂線(ハードウェアの力):設備の質が、ソフト×ヒューマンという対辺をどれだけ支えているか
- 左下頂点からの垂線(ヒューマンウェアの力):人の質が、ソフト×ハードという対辺をどれだけ支えているか
(2)正三角形における垂線の特性
正三角形の場合、幾何学的な特性として、3本の垂線はすべて等しい長さとなり、かつ底辺(または対辺)の「ちょうど中央」に着地します。
これは偶然ではなく、3要素の均衡が取れている状態を数学的に証明するものです。言い換えれば、3つの力が等しく、互いに他の2要素を同じ強さで支え合っている状態―これが「持続可能な強さ」の源泉となります。
(3)歪みが生じた場合の垂線
三角形が歪むと、垂線の着地点が中央からズレます。
① 垂線が短い(中央に届かない):その要素の力が不足しており、他の2要素を十分に支えきれていない状態。
例:ソフトの垂線が短い → サービスの力が弱く、ハード×ヒューマンのバランスを支えられていない。結果として「設備は良いしスタッフも親切だが、サービスがちぐはぐ」という評価につながる。
② 垂線が長すぎる(中央を超える):その要素だけが突出しており、他との均衡を欠いている状態。
例:ハードの垂線が長すぎる → 設備ばかりに投資し、サービスやスタッフが追いついていない。結果として「部屋は豪華だが、おもてなしが薄い」という不満につながる。
(4)力のベクトルとしての垂線
垂線を「ベクトル」として捉えることで、各要素の実質的な寄与度を測定できます。垂線の長さは、その要素が他の2要素に及ぼす影響力の大きさを示し、方向(着地点)は、その影響が適切に分散されているかを示します。
正三角形では、3本のベクトルがすべて等しく、中心で交わります。この「中心点」こそが、フレームワーク図における「⑦3要素均衡及び持続可能性」であり、「⑥人格」が生まれる場所です。
(5)垂線理論の実践的意義
この垂線理論により、ホテル経営者は「どの要素が弱いか」を視覚的に把握できます。
- 短い垂線を見つける → その要素を優先的に強化
• 長すぎる垂線を見つける → 他の要素とのバランスを調整
• 3本の垂線が等しくなるよう改善 → 正三角形=持続可能な経営へ
週1回の「三角形ミーティング」では、「今週、どの垂線が短くなったか?長くなりすぎたか?」を確認することで、3要素の循環的フィードバックを回し続けることができます。
垂線理論は、抽象的な「バランス」を、測定可能で視覚化可能な「力のベクトル」に変換します。これにより、ホテルの強さを数値化し、改善の優先順位を明確にすることが可能となります。
5.3要素診断チェックリスト
以下のチェックリストを用いて、各要素の現状を10点満点で評価してください。合計点を3で割った値が、各要素の「垂線の長さ」となります。
【ソフトウェア(サービス)】
① 接客サービス お迎えからお見送りまで、統一された流れがあるか [ /10点 ]
② 食事内容 料理の質、提供タイミング、アレルギー対応は適切か [ /10点 ]
③ 予約システム ネット予約、電話予約がスムーズで分かりやすいか [ /10点 ]
④ 情報提供 館内案内、周辺観光情報が充実し、伝わりやすいか [ /10点 ]
⑤ アメニティ 必要なものが揃い、過不足なく提供されているか [ /10点 ]
⑥ 清掃サービス 清掃タイミング、品質基準が明確で統一されているか [ /10点 ]
⑦ イベント企画 季節イベント、宿泊プランが魅力的に設計されているか [ /10点 ]
⑧ 顧客対応 クレーム対応、リクエスト対応の仕組みが整っているか [ /10点 ]
ソフトウェア合計:[ /80点 ]
【ハードウェア(設備)】
① 温泉設備 泉質、温度管理、清潔さ、脱衣所の快適性 [ /10点 ]
② 客室設備 ベッド、照明、空調、防音、Wi-Fi速度 [ /10点 ]
③ 館内設備 ロビー、レストラン、大浴場の広さと快適性 [ /10点 ]
④ 空調設備 各部屋・エリアの温度調整が適切にできるか [ /10点 ]
⑤ セキュリティ 防犯カメラ、鍵システム、避難経路の整備 [ /10点 ]
⑥ バリアフリー エレベーター、スロープ、手すり、段差解消 [ /10点 ]
⑦ 駐車場 台数、屋根の有無、出入りのしやすさ [ /10点 ]
⑧ 設備メンテナンス 定期点検、故障時の対応体制が整っているか [ /10点 ]
ハードウェア合計:[ /80点 ]
【ヒューマンウェア(スタッフ)】
① スタッフ教育 新人研修、継続研修の体系が整っているか [ /10点 ]
② スタッフ配置 必要な時間帯に適切な人数が配置されているか [ /10点 ]
③ 専門知識 温泉、料理、観光などの専門知識を持っているか [ /10点 ]
④ コミュニケーション お客様への声かけ、笑顔、言葉遣いが適切か [ /10点 ]
⑤ モチベーション スタッフが誇りを持って働いているか [ /10点 ]
⑥ 多言語対応 外国人客への対応力があるか [ /10点 ]
⑦ 緊急対応 病気、怪我、災害時の対応訓練ができているか [ /10点 ]
⑧ リーダーシップ 現場を引っ張るリーダーが育っているか [ /10点 ]
ヒューマンウェア合計:[ /80点 ]
【診断結果の見方】
各要素の「垂線の長さ」= 合計点 ÷ 10
例:ソフトウェア64点 → 垂線の長さ 6.4
ハードウェア72点 → 垂線の長さ 7.2
ヒューマンウェア56点 → 垂線の長さ 5.6
正三角形度の計算:
最大値と最小値の差が小さいほど、正三角形に近い状態です。
• 差が1.0以内 → ほぼ完璧な均衡(90%以上)
• 差が1.0〜2.0 → 良好なバランス(80〜90%)
• 差が2.0〜3.0 → やや歪みあり(70〜80%)
• 差が3.0以上 → 大きな歪み(70%未満) → 最弱要素の優先改善が必要
【改善の優先順位】
① 最も短い垂線(=得点が低い要素)から改善する
短い垂線は、その要素が他の2要素を十分に支えられていない状態を示します。まずはここを強化することで、全体のバランスが改善されます。
② 各項目で5点以下があれば、個別に対策する
特定の項目が著しく低い場合、それが全体の足を引っ張っている可能性があります。チェックリストの各項目を見直し、具体的な改善策を立案してください。
③ 週1回の「三角形ミーティング」で進捗確認
「今週、どの垂線が伸びたか?縮んだか?」を10分間で共有。現場の気づきを集め、小さな改善を積み重ねることが、正三角形への最短ルートです。
このチェックリストを3ヶ月ごとに実施することで、3要素の均衡状態を定量的に把握し、持続的な改善サイクルを回すことができます。
㈱サクラクオリティマネジメント 代表取締役・㈱日本ホテルアプレイザル 代表取締役・不動産鑑定士 北村 剛史




